日本型雇用を誰が殺したのか(その3)
この項目は書きかけの独自研究です。
日本型雇用は強かった、ただし人口が増えている間は
ここまでで、終身雇用と年功序列の組み合わせが、人口の高齢化で根腐れを起こし、成長期の終わりで崩れ落ちたことまでを論証した。しかし、このような雇用システムは当然強みもあるわけで、それが高度成長の時代にマッチして日本を支えてきた部分はある。1993年以降の日本では「日本型雇用」は格差拡大装置でしかないので復活させる意味はないだろうが、その後の雇用システムがうまく言っているかどうかという点では疑問が残るところもあろう。今後の雇用システムを考える上で、旧来の「日本型」の利点をなるべく継承させるため、利点とその源を検証していこう。
- 雇用の安定性
- 終身雇用のために、会社自体が潰れない限りは雇用=所得が安定する。ただし、これは年功序列の結果ではない。
- 全体の効率的賃金支払い
- 年功序列は事実上、若い頃の利得を老いてから受け取る賃金の後払いシステムであるということができる。「どのように賃金を払うと労働者のパフォーマンスを最適化できるか」という問題、いわゆる「効率的賃金仮説」において、賃金の後払いは有効だとされてきた。しかるべき賃金を受け取るためには、賃金を預けた今の会社を受け取り契約の履行時まで盛り立てて存続させなければならないからである。このために、企業への帰属感・忠誠心や、それに基づく秘密の保護などに効果があると考えられている。
- 出世競争という実質的な成果主義
- 日本的雇用制度は成果主義と対比されることが多いが、実際には出世競争という形で40年間かけた長い競争が存在する。出世に成功すると名誉と金銭の両面で報酬を受けることになる。近年の格差拡大では、50代以降での格差拡大が統計的に目立つものとなっているが、これは日本型雇用の成果主義的側面の表れである。団塊の世代が50代に達し、この「成果主義」において「結果」判定が出た人数が増えたことで、全体の格差が拡大したことは否めない。
- 企業内教育と技能の継承
- 企業の従業員が運命共同体となり、後輩が自分の老後を支えるという構造にあるため、後輩への教育は実質的に自分の将来への投資と同義となる。このため、年功序列が機能している会社では、伝統的にはOJTを含めた社内教育が重視されてきた。近年、若手の採用減のために中間管理職候補が不足し、また非正規雇用の法制度のために3年以上続けて同じ職場にいることによる技能の蓄積が不足するようになった。結果、中途市場や非正規からの抜擢でこれを補ってきたが、それは職業教育コストの負担者と享受者を分けることになり、企業が職業教育を施す動機を損なっているのも事実である。
代案とその長所・短所
ここまで論じてきたように、高度成長期そのままの日本の雇用システムは現在は格差拡大装置であり企業の競争力を落とす装置として機能しており、今後最低50年は続く人口減少時代に見合った雇用システムが必要になるだろう。そのシステムが満たすべき最低限の要求は、
- 一定レベルの労働分配率が保証され、雇用者と労働者の間で公平に分配されること
- 労働者の「既得権益」による格差を解消し、労働者間で公平に分配すること
- 経営リスク分配で、労働者側に一定レベルの生活の安定をもたらすこと
の3つになろう。次なる制度を評価するには、この3つの目標を達成するものであるかどうかを評価した上で、
- 目的を達成する実現性がある制度であることこと
- 抜け道を作らず骨抜きにされないこと
- 既存の既得権益保持者を説得できスムーズに移行できること
の3点でその実効性を評価して検討されるべきであろう。
3モデルの福祉レジーム論
先進国の労働政策についての直近の古典に、欧州における北欧型、英米型、大陸型を区分した福祉レジーム論がある1。
リスク分配法の類型
フラット化年功序列
現在の雇用制度のうち、人口構成が高年齢中心にある場合の負荷を低減するため、高年齢層での後払いウェイトを減らす方法。年功序列の賃金カーブを平坦化し、確定給付型の退職金や企業年金を排して、代わりを導入するなら確定拠出型とする。
リスク引受者 | 企業 |
リスク引渡者 | 労働者 |
雇用の流動性 | 低い |
技能の継続性 | 年功序列の実績から言えば高いが、フラット化して維持できるかどうかは不明。 |
利点 | システムに大きな変更は必要ない。同一企業で同一労働を行う限りにおいて効率的賃金による効率的経営が達成される。 |
欠点 | 景気変動による就職時年次変動、正規雇用とと非正規の格差、下請けへの負担転嫁が起きる。企業はリスクをヘッジするための内部留保を確保する必要がある。 |
ベーシックインカム型(大陸型)
既存の強力な雇用保護と賃金を維持した上で、あぶれた人を税金で救済する。失業率と格差、税負担が高まる。フランス、ドイツなどで見られる法制度。
リスク引受者 | 政府=納税者 |
リスク引渡者 | 労働者、企業 |
雇用の流動性 | 低い。 |
技能の継続性 | 現状の年功序列システムを維持する限り、高い。 |
利点 | システムに大きな変更は必要ない。 |
欠点 | 社会保障費の負荷が増大する。現状のシステムによる非効率はそのまま残る。 |
解雇規制緩和+再就職支援(北欧型)
解雇条件をある程度緩め、手厚い再就職支援と、最悪公務員採用を保障する。雇用の流動性が高いので、景気変動しやすい産業が多いときに有利である。同一労働同一賃金といった指向を併用して、比較的格差を抑えている。産業界が停滞すると税負担が急増する。北欧に多いスキームだが、アメリカの産業別労組は実質これを採用しており、労組の管轄する業種間では転職が支援される。また、労組の管轄産業全体が没落すると破綻するのも同様である(UAWなど)。
リスク引受者 | 労働者(労働給付分)、政府=納税者(失業保険分) |
リスク引渡者 | 企業、労働者(失業保険分) |
雇用の流動性 | 高い。企業は転職斡旋を推奨して調整を行う。 |
技能の継続性 | 低い。職場内で情報の秘匿が起きやすいこと、同一労働同一賃金による技能の均質化=最低にあわせる措置が必要だが、その分競争による向上要素はある。 |
利点 | 企業にとってのリスクは小さくなる。再就職という形で安定が低レベルの生活の安定が供給される。中程度のスキルの労働者までの格差は解消する。 |
欠点 | 税負担は増加する。特に不況期に大きくなり、産業が中期的に悪化すると財政赤字が大きくなる。 |
ワークシェア(欧州全般)
X人分の仕事をY人で分割(X<Y)してパートタイム化し、労働時間と賃金をともに減らす方法。シェアする労働者どうしに同程度のスキルが必要になる。
リスク引受者 | 労働者(与救済側) |
リスク引渡者 | 企業、労働者(被救済側) |
雇用の流動性 | 中程度。賃金の低下を嫌った労働者が自発的に転職する。 |
技能の継続性 | 一時的雇用調整である場合はメンバーが同じであり高い。業種間雇用バッファとする場合、スキルの均質化のために低スキルを前提とするため、低くなる。 |
利点 | 一時的雇用調整に向く(その場合は変動賃金制に近くなる)。 |
欠点 | 長期的には低スキル低賃金職でしかシェアされにくい。シェアを与える側に金銭的余裕がない場合は成立しづらい。 |
成果主義
労働の成果を評価し、それに応じた賃金を与えるというもの。実際には、むしろ総賃金の圧縮に使われた感が強い。抱える課題は、職場の同僚が競争相手になることにより、重要な情報を同僚や会社に対し秘匿することで効率性や公平性が落ちる懸念があること、および評価方法の適切性の問題である。
リスク引受者 | 労働者 |
リスク引渡者 | 企業 |
雇用の流動性 | 中程度。賃金の低下を嫌った労働者が自発的に転職する。 |
技能の継続性 | 中程度。職場内で情報の秘匿が起きるため、人と人の間での継続性が小さくなる。その分競争による向上要素はある。 |
利点 | 解雇がなければ職は安定する。企業はリスク回避が容易になる。 |
欠点 | 賃金は不安定になる。同僚が競合関係となる。評価方法が適切でなければ間違ったインセンティブを生じる。 |
固定給+変動給
労働者には生活に必要な最低収入があると認め、その分を固定給とする。一方で、業績に比例する分を設けてその分を労働者側がリスクを引き受ける。成果主義の変形で、従業員一人一人の成果の評価を放棄して部門単位、会社単位にしたもの。
リスク引受者 | 企業(固定給分)、労働者(変動給分) |
リスク引渡者 | 労働者(固定給分)、企業(変動給分) |
雇用の流動性 | 中程度。賃金の低下を嫌った労働者が自発的に転職する。 |
技能の継続性 | 高い。転職する以外同じ職場で働く。高賃金を狙うためにはチーム全体での技能の向上が必要。 |
利点 | 職が維持される点は安定する。企業はリスク回避が容易になる。会社、部門は目標を共有し連帯して働くようインセンティブがかかる。 |
欠点 | 賃金は不安定になる。働かない社員へのやっかみがひどくなる可能性がある。 |
兼業季節性労働者
かつて第一次兼業農家が担っていた役割に相当する。安定した本業で最低限の賃金を稼ぎつつ、それ以上の収入は季節性の有期雇用によって得る。「本業」がセーフティネットになりつつ、同時に副業部分がハイリスクハイリターンの成分となり、両者が同じ人に同居するシステムである。安定した「本業」の選び方が鍵になる。かつては農業が「本業」だったが、現在農業は本質的に人余りであり、バッファにはなりえない。公務員では兼業をどう規定するかが問題になろう(予算執行権限がない役職は限られる)。
リスク引受者 | 企業(固定給分)、労働者(変動給分) |
リスク引渡者 | 労働者(固定給分)、企業(変動給分) |
雇用の流動性 | 本業部分は低い。副業部分は高い。 |
技能の継続性 | かつての実績から言えば中程度。同じ季節性雇用先を選ぶ限り、スキルの継続性がある。ただし、現代でも同じことが言えるかどうかは不明。 |
利点 | 最低限の職が維持される点は安定する。企業はリスク回避が容易になる。 | |
欠点 | 賃金は不安定になる。本業の選定が難しい。 |
固定労働者と流動労働者の分離
ある程度の同一労働同一賃金の基準を定めた上で、ハイリスクハイリターンな流動労働者と、ローリスクローリターンな固定給労働者を分離する方法。
付加価値分配比率の拘束
企業が生んだ付加価値の分配について、株主・経営・労働者の比率を拘束することで、三者の目標・報酬をリンクする。配当比率、経営者報酬を労働分配率に比例させる。これにより、企業の構成員が競合関係から共通の目標を持つ関係に変わるため、労働争議は原則として発生する必然性がなくなる。
この方式は、単独では労働者間の分配の問題は解決しない。他の賃金変動システムとの併用が必要である。
(2009/10/31)
-
Gøsta Esping-Andersen (1990) The Three Worlds of Welfare Capitalism. Princeton University Press ↩︎