ジェンダーギャップ指数の読み解き方(2024年版)

世界経済フォーラムのジェンダーギャップ指数1は、毎年発表されるたび日本で比較的大きな枠で報じられ、男女格差は大きな問題という趣旨で引用されたり、また指数の作り方がおかしいと指摘する人もいる。今回は、そのような議論を総括し、ジェンダーギャップ指数は何を意味していて何を意味していないかについて、(少なくとも自分としては)決定版と言えるものを書くべく筆を執ることにした。詳しいことは本文中で触れていくが、時間のない方のために冒頭でまず結論だけ要約する:

重要なのは経済と政治、その中でもリーダー関連の指標だけ

調査法概略

ジェンダーギャップ指数は何を意味していて何を意味していないかを見るためには、まずAppendix Bに書かれている指標の構成法および計算法を読む必要がある。冒頭では指標構成のコンセプトが説明されており、「女性の絶対的な豊かさや人権状況ではなく、単純な男女比を見る」2「機会平等の検証は無視し、結果平等だけを見る」3とされている。

計測される指標は以下の4分野14項目の男女比である。

そのうえで、上記の男女比を以下の計算法で集計する:

  1. 素調査項目について女/男比を取る。
  2. 自然性比や自然寿命などに基づいて補正を行ったのち、女/男比が1以上のものは1にする。
  3. 上記2の値を、その標準偏差に基づいて標準化するよう重みをかけ、健康・教育・経済・政治の4分野内部で平均してそれぞれのインデックスを計算する(最小0~最大1)。
  4. 4分野のそれぞれのインデックスの単純加算平均を取って最終インデックスとする。

重要なのは経済と政治

最終順位に直接影響するのは健康・教育・経済・政治の4つの分野集計値であり、かつ各集計値の単純平均を取るという計算法上、分散の小さい分野は"そこでは差がつかない"状態になるため最終順位に対する貢献度が低くなる。各項目ごとの得点分布を見ると、健康はほとんど性比1で天井を打っていて分散が小さく、教育はアフリカの一部の国(ボコ・ハラムなどの活動区域)でやや低い程度で大半の国ではほぼ1となっている。それに対し、経済や政治分野の分散は大きい。各分野の総合スコアに対する寄与度を計算すると健康2%、教育18%、経済32%、政治48%となっている。

分野別 ジェンダーギップ指数の分野別・国別得点分布の箱ひげ図。

従って、教育分野で女性を"弾圧"と呼ぶべきレベルで差別していない限り、ほぼ経済と政治の2分野だけで順位が決まる。特に政治分野は平均値が低いため、これが上振れすると他の分野に関わらず全体順位が決まるほどで、例えばドイツは健康63位・教育91位・経済82位・政治6位と政治以外ぱっとしないが総合順位は7位である。

言い換えると、ジェンダーギャップ指数は健康・教育分野は実質的には機能しない項目となっている。同じ女性の健康を見る数字でも、ジェンダーギャップ指数の健康部門(高いほど良い)とジェンダー不平等指数4(低いほど良い)の相関係数は0.14で、相関はほぼなく、符号だけ見るとジェンダー不平等指数が悪いほど良いという指数になってしまっており、無くしてしまったほうが良いとさえ言える。

また細目レベルでは(次節で詳しく検討)、例えば日本のデータの経済分野内の〈労働参加率〉80位、〈実際の所得〉98位は順位だけ見ると世界の中でも低いように見えるが、実は世界平均より上である。すなわち、教育分野と同様に左裾が長い分布で、計算法3の標準偏差による標準化が加わるため、ぶっちぎりで低い左裾の国以外では最終順位への貢献度は低くなる(実際これらの項目だけを見れば総合118位の日本と総合7位のドイツで大差がない)。

経済と政治の細目 経済分野と政治分野の細目の分布(原図に項目名の日本語訳を筆者追加)。菱形=日本の順位、破線=世界平均、薄い線=世界の他の国。筆者は原データのスクレイピングをやり切っていないので総合スコアへの貢献度の正確な評価などはできていない。

計算法と分布から、順位への貢献度が大きいのは経済分野の細目〈経営者・管理職性比〉、政治分野の細目〈国会議員性比〉〈大臣性比〉〈過去50年の首脳性比〉の4細目であることが分かる。〈実際の所得の男女比〉などもエリート女性が増えれば当然増えるだろう。総じて言うとジェンダーギャップ指数はリーダーやエリートの男女比で7~8割がたが決まる指標、と見なすことができる。

人権や幸福の指標ではない

ジェンダーギャップ指数は、「女性の生きやすさの指標」とは言い難いことは留意が必要である。そもそもコンセプト段階で「女性の絶対的な豊かさや人権状況は無視し、男女比しか見ない」と明言しているし、実際に普通の女性の暮らしやすさに影響しそうな健康・教育分野は機能していない。後述するが、リベリアなど{女工哀史や「おしん」のように女も重労働しないと生きていけない、主婦という存在が許されず1歳児を背負って畑仕事をする最貧国}は男女平等な国として評価される。

「生きやすさ」をうまく拾えないという極端な例を一つ示そう。インドでは持参金殺人により新婚花嫁が年間8000人ともいわれる人数が殺されており5、女性にとって劣悪な人権状況と言えるが、ジェンダーギャップ指数では、計算法上{女性の100人に1人が結婚時に殺される(健康寿命の1%弱の短縮)}と{女性が専業主婦になる割合が100人に1人だけ多い(労働参加率の1%の低下)}という両者は指数に与えるインパクトはほぼ同レベルになるはずである(完全に精査したわけではないが桁感として概ね間違っていないと思われる)。

あまり納得できないかもしれないが、ジェンダーギャップ指数の上では、専業主婦は死んだ女と等価と見なされ、兼業主婦は半分死んだ女と見なされるとも言える。ジェンダーギャップ指数は総合1~5位の上位を占める北欧諸国でも、専業主婦は単なるニート、寄生虫扱いというスティグマを負い、「お小遣い制」のような配偶者の所得の管理はありえず、なんなら主婦=ニートは家庭運営に非協力的と見なされるし、浮気をしていたとしても慰謝料なしの一方的離婚があり得る678。専業主婦を許さないカルチャーや法制度が存在しており、それがあるのでジェンダーギャップ指数が良いとも考えられる。ただ、北欧では専業主夫も同様に許されないが、ジェンダーギャップ指数では{働かない女性はネガティブ}{働かない男性はポジティブ}に評価するので、主婦は許さない一方で主夫は歓迎するという違いはある。

指数で最も重要なのはリーダーやエリートの女性比率だが、彼女らの社会的影響力が強いのは、その分他者に対して責任を負っている(子供が急病で調整が調整してほしいときの上司やら、災害発生時の担当大臣やら、規模の差こそあれ決裁権限を持つものがon callで応じられる必要性がクリティカルなことは多いし、国内外で政治家は多忙である)ためで、そのために休みたくても休めないタフな働き方を必要としている。このためジェンダーギャップ指数の悪さは責任を負いタフな働き方を受け入れる女性が少ないという意味合いも含んでしまわざるを得ない。機会平等面を重視したジェンダー不平等指数やWomen, Business and the Law(世界銀行の調査)9などでは"先進国の範疇には収まっている"程度の評価である一方で、結果平等面を重視したジェンダーギャップ指数だけが悪いならば、この指数は日本の女性の怠惰と情けなさを表す指標と解釈することもでき、せいぜい自己実現のための仕事をゆるふわ続けたいという程度の女性の尻を叩いて働かせる必然性が生じてしまうのは確かである。(その上で私は、日本の女性に発破をかけるための指数としてジェンダーギャップ指数は有用であろうと考えている)

健康・教育分野のマイナーな問題たち

ジェンダーギャップ指数において健康・教育分野はほとんど意味のない指標になっているが、これは細目を検討することでも伺うことができる。

例えば「健康寿命」の項目で日本は性比1.039で68位、ドイツは1.035の77位となっているが、Appendix Bの定義から読み下せば「日独の女性は自然健康寿命から考えられる性比より4%ほど長生きしているが、他国では男が自然寿命よりもっと早く死んでいるため、日独の健康寿命の女/男比は世界69位・77位」というように読むことができる。これは順位が低くとも男女差別として認識するべきものではないだろう(むしろ男性差別の指標とさえ読める)。

他には、2019年度版で「中等教育就学率の性比」の順位が非常に悪い年があり、それを問題視している書籍があった10。当たり前だが中学校は義務教育として強制、女性であることを理由に高校進学を拒む親の存在もまず考えられず、数値の計算法自体を疑うべき案件であったため、計算法を精査した人が出た11。氏によると「子供が死なずに育つと生まれの自然性比(男がわずかに多い)がそのまま保存され"女子就学者の少なさは教育の男女格差"としてカウントされてしまう」ため、要は指数の設計自体に問題があった、ということのようである。

ただいずれにせよ、健康・教育分野のスコアは最終順位にほぼ反映されないので、こういったマイナーな問題は単なる綾として無視してよい。むしろ、このあたりの子項目の順位をことさら強調して「日本では男女差別がされている証」と吹聴している人は、データを読めないか、読めているのに本当の意味合いを言わず意図的に嘘を言っており、そういう人を識別するのに丁度良い、くらいに思っておくのが良い。

経済・政治分野のジェンダーギャップを精査する

ジェンダーギャップ指数のコンセプト説明文にもあったが、政治・経済分野の各細目も全て結果平等面を評価している。「類似労働の賃金性差」は、一見すると機会平等側を表しているように見えるが'類似'労働というのが曲者である。一部の職種では時短勤務すると変質し"同一労働"でなくなって(実質)時給も下がる関係にあり、女性が産後時短勤務に移行することが男女の所得格差の主要原因の一つになっている(これは世界的に観測される現象である)1213。一般的に「類似労働の賃金性差」はこの効果を含んでいるが14、(次回解決策編で考察する通り)男が主夫に、女が大黒柱になるという選択をすることでこの効果を相殺することが可能であり1516、結婚相手の選択含めて選択権は女性にある以上、機会平等結果不平等として扱っても良い指標である。

次に、これらの細目から見える日本の立ち位置を、総合順位7位のドイツを中心に、南欧代表からイタリアと、欧州以外で米国と比較しながら明らかにしていこう。

項目 日本 ドイツ イタリア 米国
経済分野総合 120位 (0.568) 88位 (0.665) 111位 (0.608) 22位 (0.765)
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労働参加率 80位 (0.768) 49位 (0.843) 96位 (0.701) 51位 (0.842)
類似労働賃金 83位 (0.619) 76位 (0.636) 95位 (0.601) 37位 (0.712)
実際の所得 98位 (0.583) 96位 (0.585) 108位 (0.539) 63位 (0.658)
経営管理職 130位 (0.171) 97位 (0.407) 102位 (0.387) 29位 (0.741)
専門技術職 データなし 1位 (1.000) 88位 (0.866) 1位 (1.000)
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政治分野総合 113位 (0.118) 6位 (0.605) 67位 (0.243) 63位 (0.251)
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国会議員性比 129位 (0.115) 42位 (0.546) 51位 (0.477) 62位 (0.412)
大臣性比 65位 (0.333) 16位 (0.875) 65位 (0.333) 36位 (0.412)
首相在位期間 80位 (0.000) 6位 (0.495) 62位 (0.028) 80位 (0.000)

日本とドイツの間では、〈類似労働賃金〉(0.619 vs 0.636)と〈実際の所得〉 (0.583 vs 0.572)はほぼ同じである(昨年の2023年度は〈類似労働賃金〉でも日本が若干上回っており、この差は誤差程度)。〈労働参加率〉も一定の差はあるが極端な差はない (0.768 vs 0.843)。〈労働参加率〉80位や〈実際の所得〉98位は順位だけ見ると世界の中でも低いように見えるが、実は世界平均より上でそこまで悪くはなく、すでに述べた計算法と分布の相性から最終順位への貢献度は低めである。

また日本は細目〈専門技術職〉がデータなしとなっているが、これが原因で経済分野で15~30位ほど、総合で10~20位ほど順位が下がっている可能性が高く(後述)、経済総合のジェンダーギャップとしてはドイツと大きな差はない、というのが実直な評価である。

ただし、経済分野の中でも経営管理職(0.171 vs 0.407)では順位以上に大きな差がついている。そして政治分野の国会議員 (0.115 vs 0.546)、大臣 (0.333 vs 0.875)、首相 (0.000 vs 0.495)は大差になっている(女性首相の在位期間は80位だが、女性首相/大統領がいたことがない国がほかにも沢山あるため数字が上になっているだけで、「最下位」と読み替えてよい)。

経営管理職や政治家で性比が悪いというのは、おおざっぱに言えば「偉い人に女性が少ない」ということになる。「女性の味方」的な書き方をすれば「日本のガラスの天井は分厚い」という言い方になろう。ただ一方で、偉い人は影響力と表裏一体の重い責任を負っており、いわゆる「体力お化け」的なタフな働き方を必要としているということを考えると、ジェンダーギャップ指数の改善の上ではそういった負荷を女性に負ってもらわなければならないということでもある(この問題は続編で議論する)。

経済・政治分野における指標の問題

経済分野――専門技術職

〈専門職・技術職の性比〉は日本では「データなし」となっている。この項目は、Appendix Bにある定義を調べると看護師や小学校教師など「女の職」「上級ケアワーカー」化している上に総数が多い職種がカウントされているようで17、実際に多くの国で1.000のカンストに達するボーナス項目になっている。日本は経済部門のほとんどの項目でイタリアより良いにも関わらずこのボーナス項目がないために順位が低いので、雑でもいいからこの項目に相当する政府統計を発表するだけでジェンダーギャップ指数の順位は10~20程度ジャンプアップすると考えられる(実態が何も変わっておらずとも、政権寄りメディアは「政権の功績!」と喧伝するだろうし、政権批判メディアはネチネチとした言説を取るだろうと想像され頭が痛い)。

また看護師や小学校教師を統計に含めること自体の問題もある。例えば{医師=少数精鋭の上級職→男の職&看護師=医師の下につく数の多いスタッフ→女の職}であるとか{大学教授=上級職→男の職&小学校教師=保育士の延長線上の下級職→女の職}といったように性差別的な規範がある国(世界の中では結構多い)ではかえってこの数字が良くなってしまう場合がある。

実際、スウェーデン(総合5位)の統計Women and men in Sweden18によると、同国で業種別の男女比で女性の比率が80%を超えている業種は、保育園、幼稚園、小学校、介護、清掃、保健補助員、看護師、各種一般職的事務員などで、女性の多く(むしろほとんどと言ってよい)がケアワークの分野で働いている一方で、建設作業員、自動車工、機械工、電気工、運転手、倉庫番などはほぼ男性の業種となっており、女性はごくわずかしかおらず、性役割分業が強い構成となっている。スウェーデンの女性ケアワーカーたちは、そのほとんどが自治体に雇用され、女性管理職比率を《女性しかいない自治体ケアワーカー職場のリーダー》でかなり稼いでいるのがスウェーデンの実情であり、このことは現地在住者からのリポートでも知れる6

ジェンダーギャップ指数における北欧諸国の高得点は、「ケアワークは女の仕事」という性役割分業を公務員化により公的に強化することで成立している――という"指数ハック"でできている面はあり、性差別を取り扱う指数として出来が悪いようにも思える。

sweden-description Women and men in Sweden 2018. 30大業種における被雇用者の男女比、分野別高等教育進学率

経済分野――庶民の指標

経済分野では、《庶民の男女差別指標》と言える労働参加率、類似労働賃金、実際の所得あたりは、すでに書いた通りドイツと似たり寄ったり、イタリアよりは良く、フランスやベルギー、オランダあたりと比べても指標により同程度か若干悪い程度で、それほど差がついているわけではなく、あくまで先進国中での「中の下」か「下の上」といった程度で順位から受ける印象ほどには悪くない。

日本以外の先進国でも順位が低いのは、指標策定者が想定していない要因で途上国で順位が上がりやすいためである。第一次産業の人口比率が高い後発開発途上国では、女性も「女工哀史」ばりに働かないとならず19、その結果として〈労働参加率〉〈実際の所得〉の男女比が小さくなる傾向にある。世界経済上は最貧国にカウントされるような国(モルドバ、リベリア、ガーナ、トーゴ、タンザニア、ジンバブエなど)が数多く分野別・細目別の順位でトップ10に入っている。ジェンダーギャップ指数は本質的には「女性がいかにタフに働いたか」の指標になっているため、貧困ゆえに女性がタフに働く必要があるときでも正当に「ジェンダーギャップが小さい」と評価される。主婦や時短共働きは先進国民にだけ許された"特権"であり、「女性は仕事をしてもいいし家庭に入っても良く、自由に選べる」ことを女性にとって暮らしやすいと考える人にとって、ジェンダーギャップ指数は都合の悪い指数であることも考慮する必要がある。

リベリアのジェンダーギャップ指数細目 リベリアのジェンダーギャップ指数細目。類似労働賃金、実際の所得などで男女平等を達成し労働部門の指数は世界1位に輝いているが、一方で識字率の男女比では世界最悪レベルである。リベリアは一人当たり年間GDPが755 USDと最貧国の一つで、貧しさゆえに女性もタフに働かないと生きていけない国の一つである。

「類似労働の賃金性差」は一部のイスラム諸国(オマーン、アルジェリア、UAEなど)が一桁順位に入っており、男女差別的な宗教の実態にそぐわない順位の高さであることから、統計集計上の問題がある可能性が高い。極論すると「100%男だけの職」「100%女だけの職」のように極端な性役割分業がある場合、排除された性別の側の平均所得は未定義になるはずだが、統計作成の上で男女とも同じ平均所得で仮埋めされている――というような実態になっているのではないかと推定される。

そもそも論として、ジェンダーギャップ指数はその設計上{女性が就業できる職業職種が制限されている/極端な偏りがある}といった機会平等の侵害を直接検出する指標が入っていない(かつそれがあるほうが指標が良くなるケースがちょくちょくある)。こういった問題を見るにはWomen, Business and the Lawのほうがおそらく良く、先に列挙したイスラム諸国はこちらのスコアは低い。

この細目は先進国でも年ごとに不安定な変動を見せることがあり、計算の複雑さの問題もあって信頼性は微妙なところである。日本ではこの数字は女/男比0.619とされているが。賃金構造基本統計調査(令和3)の0.75程度20や、学術研究から拾えば小池(2021)14の出している0.71に比べて男女差が大きく評価されており、実態に比べても若干不利なように思える。

経済部門の数字(高いほど良い)とジェンダー不平等指数(低いほど良い)の相関係数は-0.27と低い(※符号は負でよい)。女性の労働参加率のU字カーブの下のほうも拾ってしまうこと、機会平等が極端に損なわれている国で〈類似労働の賃金性差〉がかえって好結果を出してしまうケースがあり得ることなどから考えると、この指数は質が高いとは言えず(先進国間でだけ比較するなら使い道のある指標ではある)、そもそも「男女比しか見ない」「結果平等しか見ない」というコンセプト自体が敗北しているような印象を受ける。

政治分野――途上国における指標ハック

政治分野のスコアはジェンダーギャップ指数の最終スコアの約半分の48%を説明する。またジェンダー不平等指数(低いほど良い)との相関も-0.40(※符号は負でよい)と、他の部門に比べればまだ女性のエンパワメントを反映する指標と言える。日本はジェンダーギャップ指数のうち政治分野が特に低いことは間違いなく、これは先進国中でも「下の下」である。

ただ、それでもなお、途上国で実際には男女差別的であるにも関わらずこの部門のスコアを上げるハックが横行しているので、全体順位を見る上では注意が必要である(先進国内での比較にとどめておいたほうが良い)。

国会議員・大臣の男女比については、独裁国家で男女別クオータ制が採用されやすく、結果の男女比を強制する強いクオータ制採用国のうち2/3は非民主主義国であるという指摘がある2122。独裁国家では議会や大臣は実権が奪われており独裁者の翼賛イエスマン程度にしかならず、誰がなろうと大差がないため、独裁者が国際的非難を避けるための「評判ロンダリング (Reputation Laundering)」として女性の翼賛イエスマンをクオータ制で議会に送り込む「ジェンダーウォッシング」を行う、という指摘である。

分かりやすい例はニカラグア(総合6位)で、2007年から続くオルテガ政権は不正選挙など独裁を指摘されるが23、一方で2000年と2012年の2段階かけて国会議員の男女平等クオータが設定され、2012年以降の全12回のうち10回でジェンダーギャップ指数トップ10に入っている。ただ、内訳を見ると経済分野100位に対し政治分野は5位(2024年)とムラが大きく、実態を見ると{女性の約15%が14歳までに出産、30%が18歳までに出産}など女性の権利面は劣悪で、女性議員が多い立法府が女性のための法律を通しても独裁権力が支配する行政側でスポイルされ無力化されていると指摘される2425。ルワンダも2014年から2022年まで8年連続でトップ10にランクインしたが、ジェンダーギャップ指数を評判ロンダリングに使う独裁国の典型例とされている21

なお、先進国で何らかの男女クオータが採用されている場合は、比例代表で候補者の半分を女性にするといった方策や、政党の内規で候補者に女性クオータを設けるなど、候補者段階・自主規制などソフトなものが多い。2627

また、時期により女性首脳の在位期間が全体順位に大きな影響を与えることがあった。特に途上国の一族支配が強い国で「国父の娘」「有名政治家の未亡人」が長期政権を取っている場合があり、フィリピン(2010年代にトップ10常連)のベニグノ・アキノの妻コラソン・アキノをはじめとして、インドネシアの国父スカルノの娘メガワティ、ミャンマーの国父アウンサンの娘アウンサンスーチー、バングラデシュの国父ムジブル・ラフマンの娘シェイフ・ハシナや7代大統領ジアウル・ラフマンの未亡人カレダ・ジア、インドの国父ネルーの娘インディラ・ガンディーなどが挙げられる。これらの国では、カースト制の残るインドを始め、階級支配・一族支配的な傾向が強く、一族であることが男女より優先されるため結果的に女性が首脳になることがあるだけで、男女差別は厳然として存在している。

ただ、最近のランキングの傾向を見る限り「国父の娘」一本鎗で上位進出は難しいようで、先に挙げた国はいずれも大した順位ではない。むしろ政治分野以外は日本と大差ない一方でメルケル長期政権の大量得点で1桁順位まで引き上げているドイツのほうがそれが目立つ印象である。

政治分野――人口小国の有利さ

政治家は人と会って意見集約することが仕事のため、議員一人当たりの有権者人口が小さいほど政治家が意見集約する、ないし知名度を獲得するための負担は減る2829。例えば2010年代を代表する女性キャリア論の一つ、アン=マリー・スローターの論説30でも、ヒラリー・クリントン(当時国務長官)の政策スタッフはひたすら会議と出張の連続で自分の子供と過ごす時間が取れなかったことが述懐されている。

北欧諸国では女性の政治参加の推進が実現できているが、ジェンダーギャップ指数1位のアイスランドは人口40万弱、2位フィンランド、3位ノルウェー、4位ニュージーランドはそれぞれ500万強、5位スウェーデンは1000万強と人口が少なく、議員一人当たりの有権者人口も少ないため政治家が相対的に忙しくなりにくくなるというメリットを享受している面もあろう。実際、北欧では学生議員がそこそこの数見られるのだが3132、これは{北欧の学生はすごい}というよりは、議員一人当たり有権者人口が少なく{国会議員が学生でも務まる程度の職に収まっている}というほうが適切かもしれない。

対照的に、アメリカはガチンコに男女平等に挑んでおり経済分野では22位だが、G7の中でも人口最多3億人という環境が災いしてかいまだに女性大統領が誕生しておらず総合順位では43位にとどまっている(ほとんどの分野でアメリカより不平等とされるドイツがメルケル1人で得点を稼ぎ総合7位を獲得しているのとは対照的である)。日本では都道府県知事は大統領同様に直接首長を選ぶが、都道府県は人口100万~1000万オーダーでアメリカ大統領選ほど負担はないためか、太田房江(大阪府知事)を皮切りに、熊本、千葉、北海道、滋賀、山形で女性知事が誕生し、東京都知事選は現職と最有力新人の両方が女性であった。

補足・参考指標と類似の指標

ジェンダーギャップ指数の報告書には、{採点には入れていないが参考となる指標}"Complementary Targets and Contextual Indicators"が合わせて併記されている。本指標の健康分野がほとんど無意味なものと化しているのに対して、こちらでは若年期出産率や法的な機会平等など、ジェンダーギャップ指数がコンセプト段階で切り捨てた指数群が掲載されている。

類似の男女格差指標として、国連開発計画からジェンダー不平等指数4という男女格差指数が出されているが、こちらでは日本は世界で24位/193か国の順位で、ジェンダーギャップ指数とは極端に異なる結果となっている。この指標は〈周産期死亡率〉〈若年出産率〉〈中等教育就学率の男女比〉〈国会議員の男女比〉〈就業率の男女比〉の5項目の合成で、このうち後ろの3つはジェンダーギャップ指数でも使われている一方、前2つはジェンダーギャップ指数がコンセプト段階で切り捨てた絶対生活レベル・絶対人権レベルの指標で、ジェンダーギャップ指数側では{採点には入れていないが参考となる指標}でのみ取り上げている。両指数は計測部門はほぼ同じだが、採用した細目の違いのために大きく異なる順位付けになっている。

〈若年出産率〉は、14歳以下の出産を含む{先進国ではアウト扱いの出産}の率で、女性の人権状況が劣悪かどうかをよく反映した指標となっており、これを計算に入れているジェンダー不平等指数は《女性の暮らしやすさの指標》として途上国から先進国までをカバーできるものになっている。この指数がニュースで報じられないのは、日本は女性の暮らしやすさが世界トップクラスだという言説に需要がないということなのだろう。

一方ジェンダーギャップ指数を見ると、健康部門が無意味(無くてもいい、または無いほうがよい)という状態になっており、部門をわざわざ立てた目的を果たせていないと考えれば、コンセプト倒れで指数の設計に失敗していると言っていいだろう。結局この指数はエリートの男女比しか意味しないものになっているため、「ジェンダーギャップ指数を改善しよう」という目標を立てると、「女性にとって暮らしやすい社会を」とはならず、偏った政策を採用せざるを得なくなる。

ジェンダーギャップ指数が結果平等だけを取り扱うコンセプトなのに対し、世界銀行が出しているWomen, Business and the Law9はより機会平等に絞った指数になっている。この指標は日本はジェンダー不平等指数ほど良くはない(高所得先進国中では下、全世界では上の下くらい)のだが、細目を見ると女性に危険労働をさせてはならないという法律(労働基準法第六十四条の二、第六十四条の三)が名指しで女性差別とされていて結構な減点をくらっていたりするので、これを取り上げるのもあまり盛り上がらなそうだと見ている。

ジェンダーギャップ指数の読み方

ここまでジェンダーギャップ指数の決まり方および細目の特徴を見てきたが、まとめれば以下のように言えるだろう。ひとまず、太字の部分だけ覚えておけばよい。

ジェンダーギャップ指数は{実際には男女不平等にも関わらず高順位をたたき出してしまう"バグ"的挙動、それを利用した"ハック"}が多いため、すべての国を対象とした総合順位については考えなくともよい。

日本の現状としては、経済分野については、まず多くの関わる非エリートの指標(労働参加率、類似労働賃金、実際の所得)については《先進国の中では中の下~下の上程度》と見なすことができる(見た目上の順位の低さは上記理由により無視してよい)。一方で、経済分野における経営管理職の男女比、政治分野における国会議員、大臣、首相(大統領)の在位期間の男女比については明白に低いと言ってよい。機会平等すらない国に比べれば良いと言えるが、先進国の中では明白に「下の下」グループにある。日本の課題はエリート女性の育成である、といって間違いがない。

これをどう改善していくか――次章「ジェンダーギャップ指数を実際的にも改善するには(2024年版)」では、その具体的方法について見ていく。ジェンダーギャップ指数の性質上、女性はより重い責任を負い、タフな働き方をしろということにしかならない――ということになるが、ご理解いただきたい。

(2024/08/16)


  1. Global Gender Gap Report 2024. World Economic Forum. ↩︎

  2. 本文引用 > The index is designed to measure gender-based gaps in access to resources and opportunities in countries, rather than the actual levels of the available resources and opportunities in those countries. ↩︎

  3. 本文引用 > The second basic concept underlying the Global Gender Gap Index is that it evaluates countries based on outcomes rather than inputs or means. Our aim is to provide a snapshot of where men and women stand with regard to some fundamental outcome indicators related to basic rights such as health, education, economic participation and political empowerment. Indicators related to country specific policies, rights, culture or customs – factors that we consider “input” or “means” indicators – are not included in the index ↩︎

  4. GENDER INEQUALITY INDEX (GII) United Nations Development Programme ↩︎ ↩︎

  5. 池亀 彩 「事故に見せかけて焼き殺す」年間8000人以上が犠牲になったインドの持参金殺人の手口 PRESIDENT Online. 2021/11/18 ↩︎

  6. 高見幸子 働く女性多いスウェーデン 背景に主婦の地位の低さ スウェーデンから見る日本 NIKKEI STYLE 2013年10月25日 ↩︎ ↩︎

  7. 久山葉子 なぜスウェーデンでは専業主婦=失業者なのか 2019.11.16 president woman ↩︎

  8. スウェーデンに、専業主婦がいない本当の理由 Swedenstyle 2015-08-18 ↩︎

  9. Women, Business and the Law 2024 ↩︎ ↩︎

  10. 本田由紀「日本」ってどんな国? ――国際比較データで社会が見えてくる (ちくまプリマー新書) 筑摩書房 2021 ↩︎

  11. https://twitter.com/LazyWorkz/status/1207659282688163840 ↩︎

  12. Goldin, Claudia. "A grand gender convergence: Its last chapter." American economic review 104.4 (2014): 1091-1119. ↩︎

  13. Goldin (2014)の現象が起きる原因については、Goldin本人はオンコール待機の時間的拘束にかかるボーナスを提案しているが、私が調査しているうえでの暫定結論は「複数人で回すための情報引継ぎコストが高いと、時短による交代がそのままコストになる」ことであろうと考えている。職務が非定型化するほどこのコストは上がり、管理職や政治家などはコストが高いとみている。またGoldinのよく挙げる例では法廷弁護士は時短するほど時給が下がるが、これは裁判に勝てば成功報酬、負ければゼロという極端な格差環境で勝率を少しでも上げるための努力をしたほうが全部を取っていく影響ではないかと思われる。 ↩︎

  14. 小池裕子. (2021). 男女の賃金格差の要因分解 アジア太平洋諸国における比較に向けての予備的検討. 日本経営倫理学会誌, 28, 133-144. ↩︎ ↩︎

  15. Bertrand, Marianne, Claudia Goldin, and Lawrence F. Katz. "Dynamics of the gender gap for young professionals in the financial and corporate sectors." American economic journal: applied economics 2.3 (2010): 228-255. ↩︎

  16. Goldin, Claudia. Career and family: Women’s century-long journey toward equity. Princeton University Press, 2021. (=2023, 鹿田昌美(訳)「なぜ男女の賃金に格差があるのか:女性の生き方の経済学」慶應義塾大学出版会) ↩︎

  17. Appendix BによるとISCO-08の大分類2、3に該当する職業の性比とのことだが、これらの職業のうちでも数が多い看護師と小学校教師が「女の職」になっている国が多いためではないかと思われる。 ↩︎

  18. Women and men in Sweden ↩︎

  19. Goldin C. The U-Shaped Female Labor Force Function in Economic Development and Economic History. In: Schultz TP Investment in Women’s Human Capital and Economic Development. University of Chicago Press ; 1995. pp. 61-90. ↩︎

  20. 男女共同参画局 男女間賃金格差(我が国の現状) ↩︎

  21. Bjarnegård, E., & Zetterberg, P. (2022). How autocrats weaponize women's rights. Journal of Democracy, 33(2), 60-75↩︎ ↩︎

  22. Sharan Grewal, M. Tahir Kilavuz, & Yuree Noh. (2023). Does genderwashing taint the struggle for gender equality? The Brookings Institution. August 9, 2023 ↩︎

  23. かつての革命家、強める独裁色 ニカラグア 「形だけの大統領選」 朝日新聞 2021年11月6日 ↩︎

  24. Walsh, Sara Lindsay, "Quota or No Quota: The Effect of Gender Quotas on Women’s Ability to Provide Substantive Representation" (2020). Political Science Senior Theses. 1. https://creativematter.skidmore.edu/poli_sci_stu_schol/1 ↩︎

  25. CHRISTINE J. WADE Nicaragua's Gender Gap: Rankings and Reality Agenda publica. 18 de febrero de 2020 ↩︎

  26. 政治分野における女性の参画拡大のためのポジティブ・アクションについて ~諸外国の事例を中心に~ 平成24年4月 内閣府 男女共同参画局 ↩︎

  27. 自民党、女性新人候補に100万円 女性議員比率30%へ 日本経済新聞 2023年8月1日 ↩︎

  28. グローバル化と人口増大がもたらす民主主義の危機 ↩︎

  29. タレント議員が多いのは東京とか大阪のような人口集中地域のせい ↩︎

  30. Slaughter, A. M. (2012). Why women still can't have it all. The Atlantic. ↩︎

  31. たっぺい. スウェーデンの政治家が「決められる」理由. 2012/3/29 個人ブログ記事 ↩︎

  32. 室橋祐貴 政治家の登竜門?スウェーデン政党青年部の役割とは Yahoo Japan. 2022/10/13 ↩︎