両立できないものを両方手に入れられないことにモヤモヤする女性たち

従前から述べている通り、私は女性の意思を可能な限り尊重すると言う立場でものを書いてきており、フェミニズムに関する文献やエッセイも一応ある程度読んではいる。その中で気になっていたのは、「モヤモヤ(する)」という表現が徐々に多くなってきているということである。

この言葉は2010年代のフェミニズムを特徴づけているように思う。従来のフェミニズムは多かれ少なかれ「こうあるべきだ」「このようになるべきだ」というゴールを設定してきたが、この「モヤモヤ」に関してはそうでは無い。現状は不満だが、代替案として上がってくる選択肢はもっと不満なので「こうあるべきだ」とも言えず、結局現状の不満を受け入れざるを得ない状況――あるいは両立不可能な複数の願望を抱え全てをかなえることが出来ないという自覚――を「モヤモヤ」と表現しているようなのである。

両立できないが両方ほしいもの

育児で仕事に専念できないのは納得できないけど、育児をできないのも人生損している

育児で仕事に専念できないのは納得できないけど、育児をできないのも人生損している――これも現代女性が抱える代表的な「両立できない」悩みの一つだろう。

この悩みは、アン=マリ・スローターの"Why Women Still Can’t Have It All"1というエッセイに色濃く表れている。このエッセイでは、著者がワシントンで政治キャリアを順調に進めていたものの、出産後に育児と両立できず辞めてしまったことへの不満が綴られている。ただ、彼女の場合は「ジェンダーのせいで育児を押し付けられた、もっと働けた」云々といった論調ではない。むしろ仕事が忙しすぎて子育てに関与できないことを不満としており、"Revaluing Family Values"(家族の価値の再評価)、"Redefining the Arc of a Successful Career"(成功キャリアの筋書の再定義)、"Rediscovering the Pursuit of Happiness"(幸福の追求の再発見)といった小見出しが付くほどに子育ての喜びを評価するように訴え、育児の喜びと仕事の追及の両取りができないかという模索になっている2

このあたりは日本でも同じようで、中野円佳「『育休世代』のジレンマ」でも、両親が近くに住んでいて子供を預かってもらえる女性の「親におんぶにだっこでバリバリの道いこうとすればできるけど、今それをして自分が幸せか」という発言を紹介する等、育児を自分でやることへのこだわりが女性の中にある例を取り上げている3

「仕事に専念することと、育児と仕事を両立することを、両立できない」というのはもう定義上当たり前の話で、人の体が一つしかない以上、どちらにも全力で打ち込むことはできない。どちらを選んでも「ああすれば良かったかも」とモヤモヤする類の話である。であるからこそスローターの論説は「can't have it all」というタイトルが付いており、続刊4では、男もそうなのだ、という論調に繋がっていく。

自分より強い男しか好きになれないけど、自分より強い夫の陰に隠れるのは嫌

「人生および仕事上のキャリア形成に関与する決断として最大のものは、誰と結婚するかである」――このテーマは多くの人が語るところであり、例えばウォーレン・バフェット5も語るところであり、女性キャリア本でも「自身の忙しさをサポート側に回れる夫を選ぶのが大事」と言及されるところである61

ところが、結婚の前段階としてまずどんな男に魅力を感じるかとなると、パートナーをサポートするより、仕事がバリバリできてリードするタイプの強い男にしか魅力を感じない――この問題は2010年代に刊行された多くの女性キャリア本において言及されてきた。端的な例では、上野千鶴子はあっけらかんとして

エリート女の泣きどころは、エリート男しか愛せないってこと(笑)。男性評論家はよく、エリート女は家事労働してくれるハウスハスバンドを選べなんて簡単に言うけど、現実的じゃない。

と語っている7。白河桃子がこの点についてはもっともきっぱり言及しており、「『専業主夫』になりたい男たち」のインタビュー中に登場する女性は

仕事ができる男には萌えますが、家事がうまくて尽くしてくれる乙女男子には萌えません

と述べている8。「『育休世代』のジレンマ」中の記述も、相手選びはまず恋できるかどうかが先で結婚後のライフプランは考慮外であること、その際に(特にバリキャリ女性ほど)自分より仕事が出来ない男は眼中にないと論じている3

自分よりもさらに仕事ができる男性と結婚しており、そもそも自分の代わりに育児をしてくれるような男性を結婚相手に選んでいない。

しかしながら一方で自分より強い男と結婚した女性たちも、主婦として夫の従属物になると言うことについては忌避感がある。女性の皆さんの中にも、「XXの奥さん」呼ばわりばかりされていれば抵抗感を感じる、自分には自分の名前があるのだから名前で呼んでほしいと思う人も少なくないだろう。

現代は自由恋愛の時代であり、{女は夫を支えるもの、嫁いでこそ女}というかつてのような風潮はなくなった。だが、自分より強い男が好みだという傾向は残った。その結果として、{従属物扱いをよしとしない、自立できるというプライド}と{自分が従属物扱いになってしまうほど強い男しか好きになれない}という本質的に両立し得ない感情を両方もってしまい、そのことに葛藤――「モヤモヤ」を覚える女性が多くなった。この手の話は女性向けキャリア本でもしばしば語られ、解決策がない悩みになってしまっている。

夫にも育児に参加してほしいけど、家庭的になって仕事にコミットしない男は魅力がない

雑誌を見てもテレビを見てもインターネットを見ても、夫が家事育児に参加しないと言うことに対する妻の愚痴はありふれていて、どこでも見かけることだろう。各種の女性キャリア本でも、多くの女性が語る理想は{家事も育児も夫と妻で50:50}であるとする34

ところが、女性の意思を尊重したいというタイプの男性がこれを真に受けると、ひどい目にあうことがある。家事育児に参加するためには、当然ながら家庭での時間を増やす必要があるわけだが、家庭での時間を増やすために仕事をスローダウンさせると、女性が「強い男」に感じていた魅力を感じなくなってしまうことがあるのだ。最近でも、「育児をする夫に魅力がないと突き付けたフランス人妻の話」という個人の回顧が話題になっていた9

この回顧記事は、実は初版では「この話、国籍を問わず多くの女性には『そういう考え方もあるのか』『信じられない』と驚かれるかも……」と書かれていたのだが、後に書き換えられている10。女性を尊重しようと努力している男からすれば、世の中の女性が{家事も育児も夫と妻で50:50}を是としていることを知っており、夫も家事育児に参加すべきだと考えるだろうし、その表明が初版の文面だろう。だが、氏の元妻のような「育児をする夫に魅力がない」考え方は、例外ではなく、むしろ一般的と言っていいくらいありふれている。氏が当該部分を書き換えた理由は定かではないが、リアクションでそのことに気付いたとのだと想像する。

この話は、{現状は不満だが、代替案として上がってくる選択肢はもっと不満}というモヤモヤの類であり、不満の表明に対して《解決策》を提示するともっと不満になるという、困った関係にある。このことは「『育休世代』のジレンマ」にあるインタビューが分かりやすい例となっている。ここに登場するある女性は、働き続けたいと訴え夫が主夫になる宣言までした後、以下のように述べる。

「私は多分本気でそう〔主夫になってもらおうと〕思っていたわけではなく、自分だけ働きたいように働けなくなる不公平さを訴えて〔夫に〕申し訳ないと思ってもらいたかっただけ」

ただ、これは、夫の側からしたら理不尽と感じることが多いのではなかろうかと思う。上記例では、妻の希望を叶えるべく、主夫になることも受け入れている。しかし、言語化されてない隠し条件、すなわち{仕事が続けられないのは不満だが、夫が家事育児をして自分が仕事を続けるのはもっと不満}とうい分かりにい話が埋まっていると想像するのはなかなか難しいだろう。そもそも問題の根源は妻が両立不可能な願望を持っていることであり、夫にはこれを完全に解決することはできない。妻がそれを自覚することだけが真の解決策である。

ここで夫に求められているのは、満足できる選択肢がないと言う鬱屈、モヤモヤに「共感」することなのだが、自分が主夫になってもいいとオファーできるほどの男は{妻にこうあって欲しい}という感情を持っておらず、内心{夫にこうあって欲しい}願う妻の感情に「共感」するのは困難だろう。妻を尊重し妻を立てる夫ほど{夫を尊重せず、あって欲しい姿を押し付けようとする妻の願望}を理解できず共感もできないという悲しい関係になっている。ちゃんと言語化されれば理解はできるだろうが、矛盾した願望を持っているとあけすけに話せる人はそう多くはないであろう(それは男性だってそうである)。

なお、この好みの強さは人によりけりであって、例えば育児ノイローゼに陥ってしまっている女性の夫であれば、女性の精神が壊れてしまう前に仕事をスローダウンさせてでも育児を分担した方が当然良いだろうとは思う。

強引に来てくれる男が好きだけど、好きでもない男に強引に来られるのは嫌悪感を抱く

現代の男性はセクハラ防止策等を履修しているだろうから、強引に行くのはアウトだと言うのは基本的な認識になっているだろう。しかしながら女性向けの恋愛もの、例えばアメリカでならハーレクイン11、日本でなら少女漫画レディースコミックと言われるもの、あるいは最近盛んなスマホゲーム1213のいずれにおいても、「強引で純愛」あたりが鉄板で、「俺様」「S」「モテる遊び人」あたりが売れる性格付けになっており、優しさや真面目さは軽視されている。これはフィクションだけの話ではなく、大学生を対象にして行われたアンケート14においても、男子の自認では肉食系+ロールキャベツ系(外見が草食系、内面・行動が肉食系)が計45%、草食系が42%なのに対して、女子が男子に望む性格は肉食系40%+ロールキャベツ系40%で計80%である一方草食系は10%と、圧倒的に{グイグイ来る男}が人気である。

強引に来る男はセクハラだが、好きなタイプは強引な男――これをどう解釈するか。これはあまり難しい話ではなく、強くてイケメンで好みのタイプの男には強引に迫られたいが、好みでない男に強引に迫られると言うことに関しては非常に不愉快に感じる、という程度の話であろう。

この点に関しては女性自身は「モヤモヤ」を感じていることはほぼないだろう。女性からとってすれば、男性のほうが自分の好みに合っているかどうかを察するべきであって、その責任は男性側にあると考えてしまえば済む話だからである。この点についてはむしろ男性側の方が文句を言っていることが多いように見受けられる(恐らく女性は男性がこれで悩んでいることに全く"共感"を抱けないだろう)。

なお、「強引で純愛」が人気なように、この手の作品ではオレ様系で肉食系のイケメンが、受け身な自分に対して強引に迫り自分にだけ誠実にふるまうようになる、というのが最も鉄板のパターンなのだが、さすがにこれについては読者女性も「このレベルの肉食系が浮気しないはずがない」程度には矛盾含みの設定だと自覚しながら読んでいるし、男性読者対象のこの手の作品でも、取り得のなさそうな男主人公がなぜか勝手に美女たちにモテるというファンタジーはいくらでもあるので、この点については性差があるわけではない。違いがある部分は、大学生対象のアンケートのように女性のほうが現実でも肉食系に迫られたい願望が強い(あるいはそう口にする)という点である。

15

全てを手に入れる「解」――2010年代の帰結

このあたりの願望は本質的には両取りできないのだが、それなりにバランスをとった「全部盛り」の解も存在しないわけではない。

実際問題、2010代には「金持ち旦那を捕まえ、旦那の金でキラキラ生活をアピールするビジネスを始める」というスタイルが「勝ち組」女性のライフスタイルとなっていた。日本の場合は子育てアパレルの類やロハス生活グッズを売る商店が多く、子育てに入った芸能人などがよくそれをやっているのを目にするだろう。ただ、これらの「ビジネス」は、いざとなれば夫の金を当てにすればいい「ビジネスごっこ」が多いのも指摘はしておきたいところである。ツイッター上でリプライ頂いた範囲では、2010年ごろのアメリカでも金持ちと結婚した女性が自立性の低い「ビジネスごっこ」として子育て/ライフスタイル系のライター・インフルエンサー業が流行していたようである。まあそれで幸せなら文句を言うこともないのだろうが、子育て中の人を顧客とする子育てビジネスを子育て中の女性全員がするのは不可能なので、ごく一部の勝ち組女性に許された特権ではあるだろう。

念のため言えば

ここまで、現代女性の抱える{両立できない願望}{矛盾した欲}を並べてみたが、両立できない願望を持つこと自体は別に女性固有のものではないだろう。男性でも相当こういった矛盾を抱えているはずである。ただ、女性の場合は従前からフェミニズムという女性の声を社会に届けるパスが存在しているため、内実が矛盾していようともチェックされることなく{正当な社会への声}として出てきやすい、という程度のことなのだろうと思う。

{全部盛りできない不満}を(それと分かりにくい形で)訴えるのは傍から見るとちょっとどうなのと思うところはあるが、「女性の声」とされる限りにおいてそれがノーチェックで出てくることはしばしばあり、この数年は婚活の話題で「結婚したいのに『普通の男』がいない」といった類の記事がノーチェックで出てきて、それに対して「その『普通』は『全部盛り』の言い換えでは?」と盛んに突っ込まれる、といったようなことが増えてきている。

こういうことを見ていると、不満を「モヤモヤ」で済ますのではなくて、もっと言語化して内省し、実現可能な範囲で自分が納得できる選択肢を見つける方が、彼女たち自身にとっても周囲にとっても幸せではないかと私には思える。矛盾した願望を持っていることを、自分で言語化することなく相手に「共感」してもらおうとしても、無理なものは無理だろう。まあ、それでも「理解して共感しろ」と突っ張ってもいい。そうして、理解と共感に努めた結果、この項のような嫌味ったらしい文章が出力されたので、その事はご理解頂きたいところである。

最初に述べている通り、私は女性の意思を可能な限り尊重すると言う立場であり、男女共同参画のために本を読み文を書いている。その中で、表向き{家事も育児も夫と妻で50:50}を望ましいと言っているのに、いざ夫がワークライフバランスを重視して仕事を減らして家事をやりだしたら不満を述べだしたりされると、夫の立場ならそれに対して文句の一つも言いたくはなるだろうし、政治の立場であったとしても最終的に女性の不満をなくして男女共同参画を進めていくうえで回り道をさせられているわけで、内省して言語化してくれと思うのは筋としては間違ってはいないと思う。

昔はブログは真面目な話題だけ扱おうとして、こういった話題はnoteに書いていたのだが、noteの読者層が変わってしまったために、こういう話題をするのにこちらでせざるを得なくなってきた。何と言うか本末転倒感がある。

(2020/8/16)


  1. Slaughter, Anne-Marie. Why women still can't have it all. The Atlantic, 2015. ↩︎ ↩︎

  2. 彼女は後に「仕事と家庭は両立できない?」という本を著しているが、{育児で仕事のキャリアが途絶するのは納得できないけど、育児をできないのも人生損している}というモヤモヤ感はThe Atlanticののエッセイのほうがより色濃く出ているように思う。 ↩︎

  3. 中野円佳『「育休世代」のジレンマ』光文社. 2014 ↩︎ ↩︎ ↩︎

  4. Slaughter, Anne-Marie. Unfinished business: Women men work family. Simon and Schuster, 2015. ――和訳:アン=マリー・スローター. 仕事と家庭は両立できない?:「女性が輝く社会」のウソとホント. NTT出版, 2017. ↩︎ ↩︎

  5. Warren Buffett says the most important decision you’ll ever make has nothing to do with your money or career. CNBC. May 14 2018 ↩︎

  6. Sandberg, Sheryl. "Lean in - women, work and the will to lead." Knopf. 2013.――和訳:シェリル・サンドバーグ 著/村井章子 訳. リーン・イン 女性、仕事、リーダーへの意欲. 日本経済新聞出版, 2018. ↩︎

  7. 佐藤留美『女を使えない企業が、世界で戦えますか?上野千鶴子先生に聞く、日本企業と女の今』東洋経済オンライン. 2013/10/28 ↩︎

  8. 白河桃子.「『専業主夫』になりたい男たち」ポプラ社. 2016 ↩︎

  9. EU機関職員ボンド. 「家事・育児をしたい」と主張する夫が不要な妻もいる. note, 2020. ↩︎

  10. 筆者注:twitterにURLを貼った際の「Twitterカード」機能はキャッシュの更新が遅いため、初版の一部がそこに残ってしまっていた。 ↩︎

  11. Cox, Anthony, and Maryanne Fisher. "The Texas billionaire's pregnant bride: An evolutionary interpretation of romance fiction titles." Journal of social, evolutionary, and cultural psychology 3.4 (2009): 386. ↩︎

  12. 女性向け恋愛ゲーム、延べ60キャラを分析してわかった「完璧な男性像」はこれだ」. Appliv. 2017年07月24日 ↩︎

  13. ただの「いい人」はゲームでも現実でもモテない。1本で1億円を稼ぐ「恋愛ゲーム」の裏側と、モテる二次元キャラの法則をアリスマティックが語る。』 アプリマーケティング研究所. 2016年07月19日 ↩︎

  14. 三村さつ紀 「時代は「ロールキャベツ系」?関関同立4大学アンケート.」 朝日新聞. 2011年12月21日 ↩︎

  15. "見た目だけでちやほやされるのは嫌だけど、見た目をちやほやしてほしい"という項目も書こうとしていたのだが、書いているうちに外部から見たときには矛盾しているが内面的には整合性がとれているのでモヤモヤしないという結論に達したため、省いた。 ↩︎