引用符の使用法について
近年、引用符の使用法が世間的にも自分の中でも混乱がある。特にただの強調の意味で鍵括弧を使うのは紛らわしく、少々整理の必要があると感じてきたため、ひとまず自分の中で以下のように整理をつけることにした。
引用
引用符の基本用法はもちろん引用であり、筆者ではない誰かの発言であることを文中で示すために使う。日本語ではこれは鍵括弧を使うのが通例であり、筆者も基本的にこの用法では鍵括弧を用いる。本の題名等の定時での使用も同様である。
独自の意味
引用符は、通常の意味と違うと、「いわゆる」付きの言葉という意味合いを出すために使われることもある。例えば、政府発表における「北朝鮮による『人工衛星』と称するミサイル発射事案」という文での鍵括弧は、「北朝鮮は人工衛星と称しているが実際にはミサイルである」というような意味合いで使われている。この用法は引用の用法の派生であり、先ほどの文では北朝鮮側発表文中の人工衛星という単語を引用して「人工衛星」と書いている、と理解できる。
ここから派生して、語が独自の定義の意味合いを含むということを示すために引用符を使うことがある。英語圏の人でも口語中に出てくるある単語が独自定義だということを示すためにAir quoteというジェスチャーを用いることがある。
主に哲学の分野では、他人の引用ではなく自分で独自の意味を定義した場合には、他人の発言を引用することを示す引用符はふさわしくないということで、山括弧〈 〉《 》を用いることがある。私はこのような用法では二重山括弧《 》を用いることにした。
統語上の補助記号
引用符で囲われた部分は一つの名詞節を形成する。例えば、「彼女は『私は日本に行きたい』と言った」という文では、「私は日本に行きたい」の部分が一つの塊として扱われることが明瞭にわかる。
このような引用符が統語上の塊を明示する機能を、特に引用ではないケースで使う例も散見される。例えば、「太郎は次郎と花子を励ました」という文は、励ましたのが太郎で励まされたのが次郎と、花子と励ましたのが太郎と次郎で励まされたのが花子という解釈という二通りの解釈がありうる。出版物にでもするならこのような曖昧文は注意深く取り除くのだが、ブログでそこまで校正するのは手間がかかりすぎるので、手軽にあいまいさを除く方法として「『太郎は次郎と』花子を励ました」のように鍵括弧で統語構造を使用している例がある。私はこのような用法については波括弧{}を用い、「{太郎は次郎と}花子を励ました」「太郎は{次郎と花子}を励ました」といった形で統語順の指定を行うことにした。
また、袋小路文(garden path sentence)のように文意が明瞭でもそれが取りにくい文もある。「彼女は疲れ切ってぐっすりと眠ってしまった子供の頭を撫でた」という文は意味は明瞭だが、「彼女は疲れ切ってぐっすりと眠ってしまった」まででは眠ったのは「彼女」と解釈できるが、「子供の」が出現したところで「疲れ切ってぐっすりと眠ってしまった」がその子供だと付け替える必要がある。このような文章は認知的・記憶的負荷が高く文意が取りづらくなることが知られている。これも同様に波括弧で統語順の指定を行い、「彼女は{疲れ切ってぐっすりと眠ってしまった子供}の頭を撫でた」という表記で文意を取りやすくする。
口頭上の強勢の代用
音声言語では強勢を置く位置によって文意を変えることがある。例えば、「太郎はミカンが好きだ」という文があったとして、太郎に強勢を置いて「太郎はミカンが好きだ」という言い方にすると「太郎以外はそうではない」という意味合い、「ミカンを好きなのは太郎だ」という文と互換性のある意味を示すことができる。一方で、ミカンに強勢を置い「太郎はミカンが好きだ」という言い方にすると、「ほかでもないミカンである」という意味合い、「太郎が好きなのはミカンだ」という文と互換性のある意味合いを示すことができる。
こういった強勢を鍵括弧で示していると思われる用法はあり、例えば「太郎は『ミカンが』好きだ」というように書かれる。英語ではそこだけ全て大文字で書く(JOHN likes apples. / John likes APPLES.)といった用法や、アスタリスクを囲い記号として使っている例(John likes *apple*)がある。後者は特にmarkdown記法にも取り入れられており、基本的に太字での表示になる。私はこの用法については英語に倣ってアスタリスクで「*太郎は*ミカンが好きだ」と書くか、または波括弧を流用し「{太郎は}ミカンが好きだ」と書くことにした。
(2019/9/4)