メモ - 男のほうがばらつきが大きく頂点も高ければ谷も深い、その生理的メカニズム

東大などのトップ大学の男女比について、「男性のほうが能力のばらつきが多いのでトップ層では男性のほうが多くなる」というツイートを過去何回か見ていた。これは、平均値が高いという意味ではなく、分布の幅が広く、極端に高い能力を持つ者もいれば、逆に低い者も多いということを意味する。実際、学術的・芸術的分野で突出した成果を挙げる人物の中には男性が多い傾向があるが、それと同時に、学業や社会適応に困難を抱える男性も少なくない――という話であった。

男女のばらつきの差のイメージ図

私は最初、この話は特に根拠のないイメージ図のようなものだと思っていたのだが、調べなおしてみると、人間を含む哺乳類において、知能や身体的特徴などのさまざまな形質に関して、オスの方がばらつきが大きいという研究は脈々とやられているようだった〔Variability hypothesisとして英語圏では時々言及されるという指摘を頂いた〕。ヒトに関しても当然ながら一定の数の研究があるようで、例えば以下の研究などはヒトの身体から学力試験まで様々な特徴を比較し、男性のほうが女性よりもばらつきが大きくなる傾向にあると結論している。よく話題になる試験成績のトップオブトップもボトムオブボトムも男子になるという傾向もここから確認できる。ただ何もかもが男性のほうがばらつきが大きいというわけではなく、個別に見ると女性のほうがばらつきが大きい項目も存在し、程度差はある。また、この論文をConnected papersなどで調べると、オスのほうがばらつきが大きいという研究は一定の厚みがありファクトとして扱っていいもののようだった。

Abstract: Human studies of intrasex variability have shown that males are intellectually more variable. Here we have performed retrospective statistical analysis of human intrasex variability in several different properties and performances that are unrelated or indirectly related to intelligence: (a) birth weights of nearly 48,000 babies (Medical Birth Registry of Norway); (b) adult weight, height, body mass index and blood parameters of more than 2,700 adults aged 18–90 (NORIP); (c) physical performance in the 60 meter dash event of 575 junior high school students; and (d) psychological performance reflected by the results of more than 222,000 undergraduate university examination grades (LIST). For all characteristics, the data were analyzed using cumulative distribution functions and the resultant intrasex variability for males was compared with that for females. The principal finding is that human intrasex variability is significantly higher in males, and consequently constitutes a fundamental sex difference.
要約: ヒトにおける性別内のばらつきに関する研究では、男性の方が知能面でばらつきが大きいことが示されている。本研究では、知能と無関係または間接的に関連する複数の特性・能力について、ヒトの性別内ばらつきの後ろ向き統計分析研究を行った:
(a)約48,000人の新生児出生体重(ノルウェー出生医療登録データ)
(b)18~90歳の成人2,700名以上の体重、身長、BMI、血液パラメタ(ノルウェー成人調査;NORIP)
(c)中学生575名の60メートル走における身体能力
(d)大学学部生222,000名以上の試験成績に反映された心理的パフォーマンス(ノルウェー学生成績調査;LIST)
全特性について、累積分布関数を用いてデータを分析し、得られた性別内ばらつきを男性と女性で比較した。ヒトの性別内ばらつきが男性で有意に高く、結果として根本的な性差を構成していることが主な知見として得られた。
Figure 3 from Lehre et al. (2009) Lehre, A. C., Lehre, K. P., Laake, P., & Danbolt, N. C. (2009). Greater intrasex phenotype variability in males than in females is a fundamental aspect of the gender differences in humans. Developmental psychobiology, 51(2), 198–206. https://doi.org/10.1002/dev.20358

性染色体と潜性遺伝子、XYのオスとZWのメス

このようなばらつきの性差に関して、有力なメカニズムの一つとして挙げられるのが、性染色体の構成による影響である。哺乳類では、オスがXY型のヘテロ型であり、メスがXX型のホモ型である。この違いにより、X染色体上に存在する潜性(劣性)遺伝子の影響がオスにおいて顕著に現れやすくなる。メスの場合、X染色体が2本あるため、一方の染色体に潜性の特異な遺伝子があってももう一方に顕性遺伝子があればそれを覆い隠すのに対し、オスはX染色体が1本しかないため潜性の特異な遺伝子による特徴が表現型に現れる可能性が高くなる。

この性染色体の構造による影響は、色覚異常や血友病などの遺伝性疾患の例が良く知られる。これらの疾患はX染色体に関連しており、男性に多く発症する。つまり、性染色体の構成の違いが表現型のばらつきの大きさに直結し、性差として表れているのである。遺伝性疾患の場合はネガティブな方向に振れている例になるが、潜性の特徴の中には当然ながらポジティブな方向への上振れもあるだろうし、全体としては表現型のばらつきが大きくなる方になると考えられる――というのがばらつきの性差が性染色体に由来するという考えの基本骨格となる。

この仮説に対する裏付けは、性決定様式の違う動物での比較で行われた。{ヒトを含む哺乳類}や{昆虫の一部}の性染色体はオスがXY、メスがXXでオス側がヘテロだが、鳥類や{昆虫の中でもチョウ目}はオスがZZ、メスがZWでメス側がヘテロになる性決定様式である。性染色体ヘテロの潜性遺伝子がばらつきを大きくするという仮説に基づけば、鳥類や蝶類の場合はメスのほうがばらつきが大きくなると予測される。そして実際、ばらつきの種間比較の研究では、XY/XX型の哺乳類や昆虫ではオスのほうが、ZZ/ZW型の鳥類や蝶ではメスの方が、それぞれ形質のばらつきが大きくなる傾向が確認されている。特に、鳥類の場合は哺乳類と同じ有羊膜類で性ホルモン等でも共通する部分が多いため、この効果が純粋に性染色体の影響であるということに説得力を持たせやすい。昆虫も雄ヘテロのハエ目と雌ヘテロのチョウ目は両方とも完全変態でありこちらも比較的近い関係である。

※初稿で「不顕性」と書いていたが今は「潜性」で標準化されているので直した。

Figure 2. from Reinhold & Engqvist (2013) Reinhold, K., & Engqvist, L. (2013). The variability is in the sex chromosomes. Evolution; international journal of organic evolution, 67(12), 3662–3668. https://doi.org/10.1111/evo.12224

〈ある形質〉と性染色体の関係は定かではないが

以上のような説明は説得力はあるが、あくまで一般論や傍証という類のものである。ヒトにおける身体や能力――ノルウェーの研究における新生児出生体重、身長、BMI、血液パラメタ、身体能力、試験成績――で男性の方がばらつきが大きいということの直接的なエビデンスになるわけではないし、それらの直接的なエビデンスを求めるならば具体的にどの遺伝子がどの身体的特徴・能力に関係しているか特定しなければならないだろう。遺伝子を特定せずに試験成績のばらつきの男女差の原因を追究しようとして今回の手法を使うならば、大学の試験に人間並みに回答できる鳥類の存在が必要になってしまい、まあ不可能ということである。

ただ、それでも

  1. 観測事実として、ヒトでは身体的特徴や能力の面で男性の方がばらつきが大きくなることが知られる
  2. 一般論としてそのばらつきの性差は性染色体がヘテロ(XY/ZW)かホモ(XX/ZZ)であるかによってもたらされる
  3. その結果として、平均で性差がなくともトップ層には男性が集中することが自然に起きうるし、性差別が関与しなくても起きうる

ということは十分な説得力を持って言えるだろう。前述のとおり、特定の能力においてそれが言えるか、具体的にどの遺伝子が関与しているかまで明らかにした直接的エビデンスは少ないだろう。ただ、いくら遺伝の直接的エビデンスが示せないとは言っても、間接的な状況証拠的エビデンスから言えば性染色体の影響の可能性が高いのも確かで、これを「性差別以外に原因が考えられない」と言うブランクスレート的な主張をすることは強弁の類に入ると思われる。

他のありうる説明

おまけ的に、各種論文では他のありうる説明も指摘されていたので、一つ紹介しておく。オスは配偶子1単位に注ぎこむ栄養が少なく配偶子をばら撒く戦略が可能で、そのため取れる繁殖方略の幅が広くなる。例えばオスが巨体によってハーレムを維持するタイプと、ピンポンダッシュで浮気する/精子をかけるスニーカー型として成熟するタイプに分かれる例が知られる(紹介)。このため性的二型の在り方として、配偶子が小さい側つまりオスの形質が極端化することもあり得る、といったような説明があった〔注:最初違う説明が書いてありましたが、間違いだという指摘が入ったので削除しました。冒頭から書いてある通り私はこの分野に詳しいわけではないので……〕。ただこの仮説は、今のことろ性染色体説ほど広い説明力を持つ仮説ではないように見える。

<2025/09/17>