反差別の闘士様が職業差別の存在を否定してますが、その概念バイデンも普通に使ってましたよ
「職業差別」は存在しない?
最近、沖縄タイムスに「自由選択された職業に職業差別は存在しない」という主張が掲載され、プチ炎上していた。
差別の定義は人間の歴史の中で定まってきた。自分の意思で簡単に変えられない属性に基づく不合理な区別を言う。決議案にある「職業差別」は被差別部落に結びつけられてきた職業に対する差別などを指し、職業を自由選択した自衛隊員には当てはまらない。
――危険な差別概念の悪用 「自衛隊員の人権」にすり替え 軍事組織への批判を封じ込める 大阪公立大准教授・明戸隆浩氏 沖縄タイムス. 2025年10月2日
この主張は本当だろうか?例えば英語でdiscriminationを調べてみると、例えばWikipedia: Discriminationでは職業差別に関する記述はなく、例としては人種、性別、年齢、階級、信教、障害、性的志向と並ぶ。アメリカ心理学会の記述では以下のようになり、人種、性別、年齢、性的志向と並んでいて職業は出てこない。
What is discrimination?
Discrimination is the unfair or prejudicial treatment of people and groups based on characteristics such as race, gender, age, or sexual orientation. That’s the simple answer. But explaining why it happens is more complicated.
―― Discrimination: What it is and how to cope. American Psychological Association May 16, 2024
Oxford English Dictionaryを見てみると、「主にアメリカから始まった使い方」として以下のように書かれる。こちらでも本文中は「人種、性別、性的志向」とだけ書かれているが、関連項目ではjobも挙げられている。
Discrimination I.6. [1819–]
Originally U.S. Unjust or prejudicial treatment of a person or group, esp. on the grounds of race, gender, sexual orientation, etc.;〔中略〕
age, gender, job, positive, race, reverse, sex, sexual discrimination, etc.: see the first element.
―― Oxford English Dictionary: Discrimination noun
こうやって英語のDiscriminationの定義を追いかけていると、職業差別という概念は存在しないように見える。しかしながら、これはDiscriminationという単語だけを表層的に追いかけた時にの話に過ぎない。
労働の尊厳 dignity of labour というより包括的な概念
英語圏の労働問題などをある程度知っているならば、日本人の考える職業差別への反対、「職業に貴賎なし」という考え方は、別の語、dignity of labour(労働の尊厳)という概念で表現されていることを知っているだろう。この概念を説明したWikipediaのページでは、"none of the jobs should be discriminated on any basis"、いかなる職業も差別されるべきではないと、明白にdiscriminatedという単語を使って説明されている。
The dignity of labour or the dignity of work is the philosophical holding that all types of jobs are respected equally, and no occupation is considered superior and none of the jobs should be discriminated on any basis. This view holds that all types of work (jobs) are necessary in a society and it is absolutely wrong to consider any work good or bad: the work itself is a dignity.
「労働の尊厳」ないし「仕事の尊厳」とは、あらゆる種類の仕事が平等に尊重され、職業に貴賎があると見なさず、いずれの職もいかなる基準によっても差別されるべきではないとする哲学的信念である。この見解は、あらゆる種類の仕事(職業)が社会で必要であり、仕事はそれ自体に尊厳がやどり、仕事に良い悪いの偏見を持つのは絶対に間違っているとする見解を信じるものである。
――Dignity of labour: Wikipedia (en)
労働の尊厳という概念はもう少し広い意味を持つ。例えば国際労働機関(International Labour Organization)では"decent work"という考え方にdignityを含めており、「人間らしい働き方」「正当な賃金」のようなものまで含む考え方を取っている。しかし中核にあるのは「職業に貴賎なし」という尊厳であることは間違いなく、それを含む包括的な概念と言える。それを端的に示す例としては、WHOの出しているHealth, safety and dignity of sanitation workers、「衛生作業員の健康、安全、尊厳」と題するページなどに見ることができる。これは、ゴミ処理作業員などは典型的に“賎”扱いされ見下されやすい職業であり、かつそれに対して「職業に貴賎なし」と反論しておくことが重要である、ということを端的に示す例と言えよう。
アメリカでも、特にトランプ第1期でラストベルトが注目されたこともあって、その後の選挙戦を戦ったバイデン陣営にとっては、もともと民主党の中核支持層であったブルーカラー・労組の票を奪い返すための標語として重要視され、例えばのホワイトハウスのサイトにも「バイデン大統領によるレイバーデーとアメリカ労働者の尊厳を祝う演説」と題する演説の記録が掲載されている。そしてこの演説で列挙されているのはブルーカラーが中心であることも分かるだろう。バイデンの場合は労組向けの演説なので衛生作業員ほどスティグマは強くないが、いずれにせよ花形の仕事とは見なされていない人に焦点を当てている。
Because the fact of the matter is I wouldn’t be here without unions — unions: electricians, ironworkers, letter carriers, Teamsters, laborers, bricklayers, transit workers, plumbers and pipefitters, steelworkers. (Applause.) I wouldn’t be here without cops, firefighters, teacher, nurses. (Applause.) I wouldn’t be here without painters, pilots, autoworkers, custodians, carpenters, grocery store workers, steel metal workers, and so many others.
実際のところ、労働組合がなければ私はここにいられない。労働組合――電気技師、鉄工労働者、郵便配達員、チームスターズ〔訳注:労組の組織名〕、労働者、煉瓦工、交通労働者、配管工、配管工、鉄鋼労働者など。(拍手)警察官、消防士、教師、看護師がいなければ、私はここにいなかったでしょう。(拍手)画家、パイロット、自動車労働者、管理人、大工、食料品店の従業員、鉄鋼金属労働者、そしてその他多くの人々がいなければ、私はここにいなかったでしょう。
―― Remarks by President Biden Celebrating Labor Day and the Dignity of American Workers The White House. September 05, 2022
労働者に興味がなく、むしろ尊厳を奪う「反差別」活動家
冒頭の沖縄タイムスでの発言は、明戸隆浩氏しによるものである。氏の𝕏プロフィール曰く「専門は社会学、社会思想、多文化社会論。近年の関心はヘイトスピーチやレイシズム、とりわけネットやAIとの関連」だそうである。これらの記述から見ると、ネットのウヨサヨレスバが最大の関心事で、もはや労働については視界に入っていないように見える。いや、こういうことを書くと労働の尊厳のことは知ってましたが別物だと思ってましたみたいな反論が飛んでくるかもしれないが、"none of the jobs should be discriminated on any basis"という職業差別反対を包括した思想なのは変わらないし、そもそも元の文を読んだ人はたいていが職業の尊厳への挑戦、毀損だと思うだろう。
実はこれに似た話は、今年の夏にもあった。共産党の応援演説に入った「反差別」界隈の弁士が、プロレタリア文学の代表作「蟹工船」を嘲笑ネタにして炎上したという事例である。現場レポートによると、共産党の応援に入った弁士が「そんなに蟹が好きなら蟹工船で働け(中略)多様性の街、神戸を差別から守ろう」と発言していた。当然ながらこの発言は炎上し、これをまとめた前掲ブログには「『蟹工船で働け。』共産党への応援でこれを言うか、しかも作家を名乗る人が。」等々と批判があったことを紹介している。
この後、本人は炎上を受けて「「政治風刺」を知らない方は海外のスタンダップコメディとか見てみるといいですよ☺️」と発言している。これは追加の燃料投下にしかならず、まとめたブログでも「政治風刺にしては、できが悪すぎ……権力を持っている側が、庶民・弱者を見せしめにいじめているように受け取れるという気がしてならない。」と批判している。なおこの発言をした作家氏のアカウントのbioによれば「著書『だったら、あなたもフェミニストじゃない?』『ヘルジャパンを女が自由に楽しく生き延びる方法』『モヤる言葉ヤバイ人から心を守る言葉の護身術』『生きづらくて死にそうだからいろいろやってみました』など21冊」だそうで、当日の発言も含めて「反差別」サイドの方のようである。
この短期間に、反差別の闘士、フェミニストの闘士様が、職業差別を肯定した・ないし否定しない、労働の尊厳を否定しにかかったということが続いている。肉体労働は賎業でいくらでも馬鹿にしてよいという考えを持つ人たちが、次世代の共産党の中心になっていくのだろうということを予感させる2025年となった。
おそらくこれはアメリカでも似たようなものなのだろうと想像する。労組、ブルーカラー、ラストベルトのつなぎ止めのために労働の尊厳を強調したバイデンが撤退し、カマラ・ハリスに切り替わると、事前の予想を覆して第二期トランプ政権が実現した。Wokeは大学中心に動いており、その過程でしばしばMAGA支持に対して「あいつらは低学歴でバカだから」的な発言をしてむしろ相手の党派固めに貢献している例はちょくちょく見ていたが、それもこれと似たような話なのだろう。
(2025/10/04)