スウェーデンとの比較に見るGDP向上の“秘訣”

 日本のGDPはなぜ伸び悩むのかという問題について、脱製造業で金融立国になろうだの、国際競争力を上げようだの、様々な議論があった。また、円高・デフレの構造的問題から、生産よりも消費に問題があるのではないのかという議論から、給料を上げろだの、インフレにすればいいだのといった議論が交わされている。

 経済を活性化させる様々な方法論の中でも、最も正攻法と言っていい突破口は、思わず金を払ってでも消費したくなるような新しい財・サービスを発明することで、人々が受ける具体的な便益を増やし、同時にそれを生産する人の雇用を生み出すことである。これは経済学の“本旨”である「人々が受け取る効用を最大化するメカニズム」に直截に答えることであり、人々が受け取る効用を金額化して合計した(つもりである)GDPという指標(名目、購買力平価ともに)を向上するための最も良い方法だろう。

 そこで、日本より一人当たりGDPが大きいスウェーデンとの比較から、いったいスウェーデンの人は何を生産し何を消費することでGDPを向上させているのか、具体的な内訳を国民生活白書のデータ1から垣間みて、それが日本にも適用できるか検討することを本稿では試みる。

日本とスウェーデンの消費項目の比較

 国民生活白書では2006・2007年の、スウェーデンの消費が円建てで1.5倍も多かった時期のデータで比較している。同白書では比較対象としてスウェーデンを選んだ理由として物価構造が似ていることを挙げており、具体的な金額での比較が可能と判断した。

 白書では両国の家計消費支出の細目について比較しているが、サービス業への支出比率の多さの説明の為に、総支出に対する各細目の比率を比較している。本稿ではGDP(=消費)の絶対額の違いを検討するため、各細目の支出比率に総額を乗じて科目ごとの実金額を逆算し、日瑞間の消費額の差が少ない順に並び替えて積算棒グラフとして再プロットした(下図)。

消費の分解

 実支出金額の比較から、貿易可能な食料や耐久消費財への支出金額は両国でほとんど同じであり、限界効用モデルを前提として一物一価仮説が成立していることが分かる。また、このことから両国の消費実金額での比較が適切であることが傍証される。

 すると、日瑞間で大きく支出額が異なる項目として、差が多い順に「住居」「家具」、「交通(財)」、「教養娯楽」であることが浮かび上がる。つまり、スウェーデンではこれらの項目で多くの生産消費を行うことにより、GDPが高まっていることが分かる。

住宅投資の多さ

 スウェーデンは日本に比べ際立って住居への支出が多い。家具への支出も多いが、これも住居に付随する物だろう。なぜスウェーデン人が住居に金を払っているかと言えば、老後資産の形成を金融資産ではなく住宅資産を増やすことで行っているからである。日本では老後資産の形成は金融資産中心に行われている。これらは統計2からも生活実感の報告からもどちらからも確認できる。

 個人貯蓄の形成を住宅の資産価値増強で行う――流動性をやや落として資産形成に寄与することは、様々な経済指標の向上に比較的効果的に機能する。住宅の資産価値を上げると、それは個人資産の形成になり、貯蓄率の増大として記録される。また、家の増強に金を払っているので、雇用とGDPの増大として記録される。また、流動性を落とす操作である――住宅は放置すれば徐々に減価する資産であり、資産の安定的な減耗、現金に対する適度なインフレ率の維持に寄与している。自分が死ぬまで間に維持すればいい適度な資産形成と考えれば、これは比較的有効な方法ではあるだろう。

 比して、日本のように老後蓄積を流動性の高い金融資産で行った場合、貯蓄の増加はスウェーデンと同じであっても、それはGDPには寄与しないし、流動性の見合いをとる為に国債発行を必要して社会に問題感をもたらしている(実態としての豊さにそれほど寄与していないとしても)。前述の資産形成の統計分析レポートにおいても、経済全体のパフォーマンスに対する住宅需要の寄与は思ったより大きいかもしれないとしており、もしそうであれば住宅投資を増やすような政策は一定の説得力を持つだろう。

交通に金がかかる

 スウェーデンの支出の中でもうひとつ際立って多いのは、交通にかかる支出である。内訳はちょっと不明だが、サービスではないので公共交通ではなく、人口当たり自動車保有台数は日本より少ない3ので、あるいは人口密度が低く都市間の距離が大きい為にガソリン代が嵩むなどの、理由であることが推測される。

 同じ目的を果たすのに自動車走行距離が長くなるから出費が嵩むとすれば、決してよりよいサービスを受けているわけではない。言い換えると、スウェーデン国内に避けて通れない不便があるからこそ、それを埋め合わせる為の雇用と消費があるわけである。スウェーデン人はこの消費によって日本人よりも豊かになっているかというと、ちょっとわからない。しかし、この不可欠な交通支出が多いことにより、国内での生産が増えるか輸入によって通貨が下落し、その分国内の雇用が緩和され、GDPが多く計上されるのである。

 これをもう少し一般化してみよう。貿易可能な産品が世界的な飽和状態にあり、貿易でそれを世界平均並みに手に入れられると仮定する。そのような状況では、むしろ国内に固有の不便な事情があるほど、それを解消する為に消費が行われ、GDPが上がるという状況が生じるのである。このとき国民の実際の生活の質は他国と比べ高い訳ではない。むしろ、稼いでも他国では不要な支払いを行う必要があり、便益は低いとさえ言える。それでも一物一価の拘束からGDPは上がるのである。このような実態は、日本とスウェーデンの消費統計を見る限り実は成立しているように思われるのである。

教養や娯楽に支出している

 もう一つ多いのは、教養・娯楽向けの支出の多さである。実際にこの中身が何であるかは不明だが、大枠としてこれら対する消費額は日本より多い。しかしこれは「スウェーデンは娯楽に金を出せるほど豊かだ、日本はその余裕もない」ということを意味しない。それについては次の節で議論する。

貿易の埒外にあるドメスティックな生産

 日本になくてスウェーデンに多い消費は、一般的に貿易で扱われない類いの物であるという特徴を持つ。住宅は貿易で売り買いする消費財の類ではなく、基本的には建築は国内の大工によって行われるし、材木は国内で十分な供給がある。娯楽や教養などは言語の壁などもあるから国内での生産消費が進みやすいものの一つであろう。貿易によって交換可能なものが終わったのちには、国内でしか交換できない様々なもの、典型的にはサービス業の生産に労働力が移転する。日本では、これが起こっていないのである。

 これは「日本に余裕がないから家や娯楽商品を作ることができず貧しい」ことを意味するわけではない。なぜなら、それらは貿易に影響されないうえ、日本には失業者がいるからである。つまり、今は失業している労働力を投入して家や娯楽商品を作ることは可能なのである。そうなっていないとすれば、単に金回りが悪いから、ということになる。

 イノベーションが起きてから飽和するまでの段階、「世界全体が物不足」であるような、伝統的な経済学が教科書通り通用するような状況では、国際競争力、すなわち一物一価が成り立つような貿易可能な商品の世界に対する相対的生産性は大きな意味を持っている。しかし、貿易可能な物が飽和して次のイノベーションを待っているような状況では、GDPの高い低いには、国際競争とは無関係な、国内固有の需要や供給が意味を持つ、ということが推察される。

ドメスティックな生産と見た目の数字の上のGDP

 [ドメスティックな生産は|Effect of domestic sufficiency to intl GDP)、同じ生産量であれば、その生産性が高く安く提供されるほどGDPは下がる。またその品質が高いほど生産性の低下として記録される。サービスによって提供されるものがタダで手に入るのならば、実際に生活が豊かであるにもかかわらずまったくGDPの向上に寄与しない。たとえば、家と家の距離が近いことで交通に不便がなければ交通のためのGDPは増えず、娯楽の生産性が高く安くあふれかえっているのであれば――たとえばユーザークリエイテッドコンテンツがあふれているならば――市場外で交換されるため、生産活動に把握されずGDPは下がる。しかし、それはその国が貧しいということを全く意味しない。むしろ、手に入りすぎてあまりにも豊かであるがゆえにそれがGDPに記録されず、また雇用も生まないということになる。

 単にGDPを上げるためなら、無料で供給されている消費物に規制をかけ、それから金を取り、雇用に回すだけでよい。しかし、それで本当に豊かになったかと言えば、別問題だろう。本稿の題名に“秘訣”とクオーテーションマークを付けたのは、そのような理由である。

日本のGDP向上策としてどれだけ適用できるか?

 スウェーデンの一人当たりGDPが高い理由についてデータから考察してきたが、これは日本においてどの程度まで適用可能だろうか。本節ではそれについて検討する。

住宅による資産形成

 スウェーデンとの比較により、資産形成を住宅投資で行うことが様々な経済指標を改善することが示唆されたが、これには住宅価格がある程度安定していて値下がりしない・上昇が期待できるという信頼が必要である。日本の場合はバブルの後遺症により住宅の資産価値が逓減する傾向にある。これは、日本で住宅で資産形成をしたがらない一つの理由であろう。また、気候や地震に由来する資産の劣化の早さ、新築嗜好なども住宅を通じた資産形成というメカニズムを妨げる要因になっているかもしれない。これらの障壁を超えて住宅を資産と見なさせる為にはもう少し高いインフレ率が必要であろう。当サイトに近いところで活動している清流氏はリバースモーゲージという貯蓄と住宅建設を兼ねた仕組みに注目しているが、住宅が資産価値を維持できるかというハードルはあるものの、それを乗り越えられれば望ましい経済政策となるのではないだろうか。

 また、住宅でないにしても、「半ば資産とも言え、半ば生産物とも言える」ような、中途半端な流動性の具体化を推奨することは、経済指標の向上には寄与すると推察される。そのような物が見つけられれば、おそらく様々な経済指標が改善するだろう。

日本固有の不便さはあるか?

 交通に金がかかることから、スウェーデン固有の不便さが消費を押し上げている可能性が示された。日本にも固有の不便があればその解消の為の消費が促せるが、それは存在しうる可能性がある。高齢化による介護・医療需要の増大である。ただし、介護や医療といったものは国の社会福祉システムによって大きく影響される。日本の保健医療システムは、どちらかといえばGDPを下げる方向に働いているように見える。まず、福祉の中心が高齢者向けの年金や医療となっており、所得や資産が少なく消費性向の高い若者から資産が多く消費性向の低い高齢者に所得移転する形になっている4。この結果として高齢者の実資産はほとんど減らないまま現在に至り、高齢化という「固有の不便」がGDPに計上されることが妨げられている側面はあると思われる。医療保険を通じ、適切に資産形成のライフサイクル仮説を回す仕掛けは必要であると考えられる。

日本に教養・娯楽産業は育つか?

 現在のところ金を持っているのが高齢者に偏っているという問題とどう向き合うかであろう。経済を回す目的で娯楽を活性化すべきなのだとしたら、金を持っている人間から吐き出させる必要があり、それはすなわち高齢者であるということである。高齢者向けの教養・娯楽がどんなものであるかについては、まだその想が得られていない、というのが現状であろう。あえて言えば、自転車や登山が流行っていることくらいであろうか。

まとめ

 本稿では一人当たりGDPが高いスウェーデンと低い日本を比較することで、その差がどこにあるかについて検証した。その結果、両国の間で競争力などに差があるわけではなく、貿易可能なものは同等の生産・消費水準であり、国内で回転する住居や娯楽などで差が付いていることが分かった。加えて、日本には失業者がいることから、日本でもその失業者を住居建築や娯楽産業などに投入することで、GDPを向上させることは可能である。しかし、そこに金が流れないのがGDPの低下や失業率の向上をもたしており、その原因は流動性選好や住宅価格の下落にあると考えられる。現金の滞留を防ぎ、それが流れるようになれば、以上の問題はある程度自動的に解決し、潜在的な生産・成長が起こるだろう。

(2013/1/29)


  1. 平成20年版 国民生活白書 第1章 第1節 消費者の消費内容の変化 ↩︎

  2. 石川達哉 マクロ統計から見た13カ国家計のバランスシート-住宅資産、金融資産と負債の国際的な動向 ニッセイ基礎研究所 2009 ↩︎

  3. 平成20年度九州の自動車産業等に関する市場動向調査報告書 第1章 世界の自動車産業の現状 九州経済産業局 ↩︎

  4. 平成21年版 年次経済財政報告 第3章 第2節 3 税・社会保障による所得再分配 (2)世代間の所得再分配効果 ↩︎