デトロイトは、中心自治体から富裕層=労組が逃げて破綻した

 最近デトロイト市が破綻し1、これをもってデトロイトという地域が完全に崩壊したかのように語られることがある。しかし実際にはデトロイトでは堅調にモーターショーが開かれており、財政破たんなどどこ吹く風といった雰囲気である2。この温度差の原因は、デトロイト周辺の人口分布を調べることで理解がしやすくなる。

 アメリカの国政調査を見ると、デトロイト市の人口は確かにこの30年減少を続けている。しかしながら、これはデトロイトという街が死んだことを意味しない。行政区分としてのデトロイト市ではなく実際の「街」としてのデトロイト都市圏(Metro Detroit)に着目した場合、人口は減少しておらず、一定である。すなわち、この30年間、デトロイト中心部からデトロイト郊外に向かって人口が流出していたことを示す3。貧乏な人が都市中心に集まるようになると金持ちが郊外に脱出するという現象は、アメリカのちょっと古い都市では共通にみられる傾向である。例えばヒューストン市の場合、1990年にはその傾向が顕著になっている4

デトロイト

 デトロイト市の破綻には、中流以上の都市中心からの脱出が深く関わっている。アメリカの国政調査からデトロイトの人種ごとの分布をプロットした地図では、都市圏中心部、特に「デトロイト市」という自治体が黒人専用居住区のような状態になっていることがうかがわれる5。これは人種差別政策のようなものがあるわけではない。アメリカでは一般的にアジア系・白人が高収入で、ヒスパニックや黒人は低収入である傾向があり、都市中心への貧困層の流入という傾向が極めて顕著に表れた例であると言える。

人種別調査
※人種別調査のプロット(赤=白人、青=黒人、橙=ヒスパニック)と市の境界線(google mapsによる)を重ね合わせたもの。図法が違うものを画像的に合成したので多少ずれているが、実際には人種のセグメントと市の境界線はきれいに合う。また、デトロイト市の中にある白人居住地域は飛び地の別自治体である。

 人種ごとに分離して固まって住むのはアメリカに共通した傾向であるが、デトロイトの場合にはちょうど自治体の境界線に沿って人種セグメントが形成されているという点に注目できる。自治体の境界線が先にあり、あとから自治体の境界線に沿って人種(≒所得階級)セグメントが形成されたのであるから、自治体の機能にそのようなセグメントを形成する原因があると考えることができる。では、その原因とは何だろうか?

「再分配を強化すると金持ちが逃げる」が実際に起こった街

 デトロイト市からの富裕層の逃避が起きた最大の理由は、再分配の問題と考えられる。税金にはある程度再分配の機能を付けるのが普通だが、住民の人口構成によって再分配の負担の程度は大きく異なる。金持ちと貧乏人が共存する自治体であれば、金持ちから税金を取って貧乏人にサービスする再分配が行われる。金持ちばかりが住んでいる自治体であれば、貧乏人がいないのであるから再分配の必要もなく、税金は安くなり、金持ちは金持ちのままとなる。貧乏人ばかりの自治体では、再分配するにも分配で施す側になる金持ちがいないので、再分配は行われずみんな貧乏なままである。したがって、金持ちは可能であれば再分配をしなければならない自治体よりは金持ちばかりの自治体に行きたがるであろうし、貧乏人は再分配の受けやすい金持ちの多い自治体に行きたがるだろう。デトロイト市ではこれが起こった。

  1. 貧困層が再分配を受けるために市内に来る
  2. 再分配したくない富裕層が市から脱出する
  3. 市の中で再分配が不可能になる
  4. 車を買える程度に余力のある下の上以上は市から脱出する
  5. 車も買えない貧困層が市に取り残される

という形でデトロイト中心部は貧困層だけが残り、デトロイト市(デトロイト都市圏ではない)の財政が崩壊したわけである。都市の産業が発展していれば都市中心部が住宅地から商業地に変わることでこの現象はある程度緩和されるが、デトロイトの産業は横ばいで発展していたわけではなかったので、自治体の境界線をくっきりと映し出すドーナツ化現象が顕著に表れたわけである。

 このような現象は富裕層増税が取りざたされると良く議論されるところだが、国家スケールでは職場や言語の障壁があるため、言われているほど簡単に起きるわけではない。しかし、職場を変える必要もなければ永住権なども関係ない自治体スケールでの引っ越しで済むのであればこのような現象も簡単に起きうる、ということが分かる。

 また国単位であっても、EUのように地続きで国境間移動を自動化すると、国境付近の町ではこのような現象が起きうる。特に国自体が小さいベネルクス三国やオーストリアは、富裕層減税や法人減税を行い、国境を気軽に越えられる富裕層や大企業を集め、周囲の国から税収をかすめ取っている。このため、法人税・個人所得税でタックスヘイブンの扱いを受けている6 7

福祉政策の建前と本音の皮肉

 デトロイト市について留意すべきは、ここがアメリカ最強の労組、全米自動車労組の牙城であるということである(実際民主党系が非常に強い)。かつて労組は自らのために福祉を作り上げた。しかし、自分たちのための福祉制度に外部からタダ乗りしようとする人々がやってきた。労組の白人たちは福祉の負担を嫌い、市街に脱出して自分たちだけの自治体を作り上げ、本当の貧困層である黒人たちを自己責任とばかりに見捨てた。デトロイト市の破綻とは、そういった福祉にまつわる建前と本音の皮肉が集約されているのである。

(2014/1/15)


  1. 米デトロイト市に破産法適用 連邦裁が認める 2013年12月4日 朝日新聞 ↩︎

  2. 世界最大級の自動車ショー、「財政破綻の街」で開幕 2014年1月14日 TBS ↩︎

  3. その期間、アメリカの人口は2倍に増えているので、増えてないことが都市の停滞を示すのは確かだが。 ↩︎

  4. Wu, X. Ben, and Daniel Z. Sui. 'GIS-based Lacunarity Analysis for Assessing Urban Residential Segregation' ESRI International User Conference July. 2002. ↩︎

  5. Revealed: The maps that show the racial breakdown of America’s biggest cities 26 September 2010, Daily Mail. ↩︎

  6. 富永英樹 オランダ発:法人税率25.5%で決着の裏に日本 2007年10月23日 日経BP ↩︎

  7. 仏「税率75%」避け富裕層脱出 ベルギー国籍、倍増126人 2013/1/9 日本経済新聞 ↩︎