再分配のための基礎的指標
「格差の指標」の読み方
世の中には格差を計る様々な統計指標がある。これの大小をもって格差があるとかないとか議論されるが、その結論を単純に「富裕層優遇」につなげるとしたら問題がある。格差に関する統計指標は必ずしも富裕層を捉えているとは限らないからである。このブログで、OECDの貧困水準に関するデータから「OECD加盟国の中でも日本は富裕者層のお金持ち度が際立っている」としているが、これは統計データを正しく読めていない。
OECD統計内での貧困水準とは「所得分布中央値の50%未満で生活する人の割合」だが、これを以って富裕層との格差を語ることはできない。なぜならば、この指標は中央値=中流と、中央値の半分未満=下流の格差を示す指標であって、中流より上の分布は全く統計量に反映されないからである1。極端な話、人口の1%が富の8割を独占し、残りが等しく配給で生かさず殺さずされているような超格差社会では、この指標はゼロとなってしまう。日本がこの指標が高いということは、「中の上と中の下の分離」という[日本型雇用を誰が殺したのか)の分析に概ね一致する。そもそもこの指標は「1億総中流」と言われいた時代でさえ常にOECD平均より高い。「国民皆年功序列」が適用されるとそうなるだけの話なのではあるが。
一般に言う、富裕層と中流・下流の格差というのは、所得上位の所得独占率を見るのが早い。これを調べると、例えば所得上位0.1%(年収1億円ライン)の独占率は、日本2%に対し、貴族制が今でも残るイギリスは5%である。「一握りの富裕層」の独占率は明らかにイギリスのほうが高い。一方で、貧困率すなわち中流と下流の格差は、日本15%2、イギリス8%3となり、逆転してしまう。格差の総合指標ジニ係数は日本0.278に対してイギリス0.345であるが、この指標も注意が必要である。この指標は「下流と中流の格差」も「上流と中流以下の格差」も等しく計算に入れてしまうので、これの高さをもって「富裕層優遇」と断ずることはできない。
以上のような統計上の代表値は、生の統計分布の情報を大部分捨て去って得られるものである。従って、真の描像を見るには、生の分布を見るのか最も確実である。日英の分布4 5を直接見ると、イギリスでは所得最下位の層が少ない代わりに、所得50%点~90%点の所得独占度が低い(中央値と90%点の所得比は、日2.3に対し英2.0)。所得50%点~90%点というのは、日本で言うと年収450万から1200万くらいであり、大半の30代以上の正社員はこのゾーンの中に入る。一方で平均値と中央値の比は日英ともに0.81なので、先ほどの指標と合わせると英国の所得上位10%の独占率が高いことが分かる(中央値~90%点の独占度が小さいうえに所得上位10%の独占率が同じだとすると、平均値と中央値の比が小さくなければならない)。
以上の統計をまとめると、イギリスのほうが所得最上位の独占率が高く、中流と下流の格差が少ない。一握りの人間が儲ける一方で、大半の人はワークシェアなどで所得を一定化して分散を小さくしている。一方日本は、中流と下流の格差が大きく、富裕層は比較して独占率が小さい。つまり、中流、とくに中の上が下流を搾取することによって生まれているのが日本の格差の実態である。
たいていの統計は、日本の格差は中流が上下分離し、中流の上からの再分配が少ないとことを指し示す。しかし、問題の主原因が中流内部、または中流と下流の間にあるという構図が余りにも世間の常識になじまないために、とかく富裕層なるものが搾取しているという古典的構図でしか考えられず、格差の実態から目をそらしているように見える。
日本の税制と再分配の特徴
法人税、財産税といった「金持ち税」は重い
日本は最も法人税・財産税の比率が高く、その代わり社会保障費や消費税が低い。同時に所得税が低い6 7。「金持ち大企業に課税しろ」という意識の表れだろう。他国、とくに欧州大陸圏では社会保障負担、消費税などが重くなる。
The Global Competitiveness Report内のTotal tax rateの指標が高いことを以って「日本は重税国家」として紹介する人がいるのだが、というタイトルと中身を理解しているのだろうか?この資料は企業の競争力に関する統計で、Total tax rateは「法人税、社会保険料事業主負担などの企業法人税負担の利益に対する比率」だと定義されている8。
他のあらゆる指標から、日本は法人税が重く個人への課税が軽いことが示されているし、件の指標は他の税制指標における「個人課税への偏り」の指標に反比例している。「個人に課税するな、金持ちや大企業に課税しろ」という有権者の意思を反映しているという意味に他ならない。
所得税はかなり軽く、特に中流への負担が非常に軽い
日本は所得税が際立って軽いことは一つの特徴であるが、所得税が低いということは、累進課税を通じた再分配機能が弱いことも意味する。累進制という質の問題ではなく、それが全体として少ないことによる量の問題である。また、累進制の質でも日本には特徴がある。所得下位20%を基準とすると、所得中位(20%~80%)の負担率が低いのである9。1億総中流という有権者層を慮って有権者数最大のレンジへの課税が少ないということに起因するが、これも中流と下流の格差を生む一因となっている。
このあたりはわざと五分位で説明してきたが、上記統計の五分位を所得額であらわすと下位=年収200万円まで、中位:200万~800万、上位:800万以上だと考えていただければ結構である10。つまり、年収400万円程度の「中の下」という程度の自意識を持つ人へも容赦なく増税し、年収800万円程度の「中の上」という自意識を持つ人には苛烈な増税が必要となる。
国税庁の申告納税者統計11からコア富裕層(年収2000万円以上、人口上位1%、所得独占率5%)の所得額を見ると15兆円というところであり、かつコア富裕層でも年収が億の単位に行く人は少ない。累進課税のシステムでは最高税率が課せられるのは所得1800万円以上の領域のため、課税率を上げてもコア富裕層の下部層への増税は限定的となる。所得独占率のデータなどから大雑把に増税時の増収額を推定すると以下のようになる。
基準所得額 | 所得上位 | 所得独占率 | 15%増税時の増収額 | 備考 |
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2000万円 | 所得上位 1% | 独占率5% | 2兆円増 | (国税庁データから推定) |
1200万円 | 所得上位 7% | 独占率16% | 4兆円増 | (これ以降二次的推測値) |
1000万円 | 所得上位13% | 独占率30% | 6.5兆円増 | |
800万円 | 所得上位23% | 独占率50% | 8兆円増 |
現役世代への給付が少なく、老人世代へは篤い
(2010/9/3)
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一般的にいえば、これは統計分布の記述量でいうと標準偏差に比較的よく対応する指標である。富裕層の存在をピックアップしたいなら、直接に所得上位人口の所得独占率を出すか、統計分布の代表値を使いたいなら歪度の大きさ(通常正の値をとる)や、平均値と中央値の差"を取り出すべきである。 ↩︎
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OECD (2008), Growing Unequal? : Income Distribution and Poverty in OECD Countries COUNTRY NOTE: JAPAN ↩︎
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OECD (2008), Growing Unequal? : Income Distribution and Poverty in OECD Countries COUNTRY NOTE: UNITED KINGDOM ↩︎
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畑農鋭矢、中東雅樹、北野祐一郎 「租税構造の国際比較」 PRI Discussion Paper Series (No.03A-22) 2003 年6月 ↩︎
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財務省 わが国税制・財政の現状全般に関する資料 国民負担率の内訳の国際比較 平成21年4月現在 ↩︎
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原文でのTotal tax rateの定義はThis variable is a combination of profit tax (% of profits), labor tax and contribution (% of profits), and other taxes (% of profits) である。個人にかかる税ならprofitではなくincomeが使われなければならない ↩︎
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太田清 「日本の所得再分配―国際比較でみたその特徴」 ESRI Discussion Paper Series No.171 2006年12月 ↩︎
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厚生労働省:平成20年国民生活基礎調査の概況 所得の分布状況 200万円未満が18.5%、800万円以上が21.2%。 ↩︎