日本は米国債を買わされている?介入の仕組み

円高は、輸出などで稼いだ外貨を購買力に使わず円で貯蓄するために起きる。貯蓄を円で行おうとすると円の争奪戦となって誰もが貯蓄困難な状況に陥るが、この害を除くため、もともと外貨であった円貯蓄を外貨貯蓄に変換する行為が政府による為替介入である。米国債を押し付けられ売れないといった論説は誤りであり、米国が国債を買ってほしくない時期にも買っている。また、為替介入は貯蓄の又貸しに過ぎないので、米国債を買った分を戻して国内に落とせと言っても、借りる人がいなければ始まらない。むしろ借りる人がいないので米国に貸しているのが現状である。

小噺

 最近このページが良く見られているようなので、内容を分かりやすい小噺にしました。

 と思っている人は結構多いのではないでしょうか。アメリカ人が余りにも借金するので、

 という制度(変動相場制)を導入することにしました(ニクソンショック・プラザ合意)。もう少し具体的に言えば、貿易赤字になって他国に借金をしすぎた国の通貨は価値が下がり、外国から輸入して生活レベルを維持することが難しくなる一方で、外国から見た賃金が相対的に下がるので雇われやすくなる、という制度としたわけです。

 これにより、日本人がアメリカ人から稼いだ貿易黒字の分だけ円が上がり、アメリカ人を安く雇って働かせることができるようになりました。昔は「やったあ、今夜はステーキだ」なんて言うほど肉が高かったのに今は安いのはそういう理由です(日米貿易摩擦-輸入増大)。そして、10年ほどたったある日、日本人はあることに気がつきます。

 日本人的な価値観から言えば、借金してんじゃねえ、働いて返せやと思う人が多いでしょう。それを神の見えざる手で行うようにした制度が変動相場制です。しかし、為替はあくまで相対的な物に過ぎません。貿易相手が通貨安になれば、自分は通貨高となり、通貨安の国で発生したことの裏のことが起きます。日本はアメリカに「貿易赤字で借金をいつまでも続けられると思うな、生活したいなら働け、働いて稼いだ金は返済して借金を減らせ、質素に暮らせ」と言いました。日本にはその裏、「貿易黒字で貯金を積み上げてるけど、働きすぎだ、働かずに貯金を減らして贅沢に暮らせばいいのに」ということが求められました。要はそこで日本人が貯金を崩して働かずにアメリカ人に働かせて贅沢していれば良かったのですが……。

 しかし、日本人はそうは思いませんでした。貯金を崩すのはまっぴらだ、もっと貯金させろと言いだしました。しかしその貯金はもともとドルで稼いだもので、円に変換して貯金しようとすると円高になってしまい、市場から「お前働きすぎだから貯金崩して贅沢しろよ」と言われることになってしまうのです。それでもなんとか貯金を貯めたい日本人は苦肉の策を考えました。外貨を稼いだのだから外貨でためておけばいい、と。そして円貯金をドル貯金にし始めました。それが為替介入です。

 さて、もう一つ思い出してほしいのですが、日本人のその貯金はアメリカ人が借金して日本人から物を買い支払ったものを持っています。つまり、日本人の貯金はアメリカ人の借金そのものです。日本人が貯金を持つためにはアメリカ人が借金する必要があります。「アメリカ人は借金していい加減な暮らしをしている」なんて非難している場合ではないのです。むしろ、日本人が貯金を持ちたいがためにアメリカ人に押し貸ししているのが実情です。

 この押し貸しをストップする装置が変動相場制というわけです。そうです。変動相場制がある限り貯金を殖やし続けることはできないのです。それをやろうとすると円高で職場がなくなります。なお、変動相場制を取らずとも借金する人なしに貯金だけしたい人が増えるとデフレになります。円高もデフレも自国通貨が他のモノに対して価値が上がる現象です。同じようなものです。

 ちなみに、固定相場制にすると為替のブレーキが利かなくなるので借金を永久に増やそうと言う人たちが出てきます。固定相場制の中で永久に貯金を殖やそうとしているのがドイツ、永久に借金を増やそうとしているのがPIIGS諸国です。まあ、永久に借金を増やすのは無理なので破綻していますが、ドイツはドイツで貯金は善と信じて押し貸しに歯止めがかかってないのが実情なので、どっちもどっちでしょう。

介入の仕組み

 まず最初に、日本の保有する米国債について簡単に確認する。いわゆる政府による米国債の買い入れ介入は、外国為替資金特別会計での操作のことを指すこれは日銀の見合いの資産としての外貨保有とは別である。これは国の活動で外貨が必要な場合に市場への影響を最小限にするために事前にプールしておくメカニズムだが、事実上円を意図的に下げる介入に用いられている。

 会計規模等の概要は財務省の「特別会計のはなし」のうち外国為替資金特別会計の項目から確認することが出来る。ここにある貸借対照表のうち、資産の部の有価証券の額は、おおむね米財務省外国政府国債保有額の一覧から確認できる額と対応する関係になっているが、おおむね70兆円前後で推移している。

なぜ介入するのか、介入によって何が起きるか

 政府がわざわざ介入を行うのは「円高になり」「円高によって不利益が生じる」ために行う。まず、この2つの事象がなぜ起こるかについてそれぞれ説明する。

なぜ円高になるのか?

 円は放っておくと上がってしまうが、その理由は、日本人は外国に物を売って得た現金や外国から得た配当を円に変換して貯金してしまおうとするからである。外貨を得てそれで円を買い、円を値上がりさせ、そのまま貯め込むのだから円高になるに決まっている。国際収支は貿易収支・所得収支ともに黒字が続いており、まさにこの状況を反映していると言えるだろう。外貨を稼いだのだから本来外貨で貯金すべきところを、皆円に換えてしまうために円高になるのである。ただ、きちんと外貨で「貯金」している人はいる。企業の外国投資や金融機関の外国債権の購入である。これにより普段はバランスがとられているが1、外国の景気が悪化するなどしてこれが滞ると、急激な円高となる。

なぜ円高は問題なのか?

 一般に、円高になると雇用に悪影響が及ぶとされる。しかしその理由は「輸出企業が苦しいから」程度しか意識されず、「介入は輸出企業への補助金だから不必要」「内需には関係ない」だのと言われることがある。あるいは、「円高であれば外国から物を買うなら有利になるのだから、そのような環境に適応すべき」などといった意見も見られる。

 しかし、事は単純ではない。まず、輸出を無視しても、国内市場が輸入品との競合にさられる。少なくとも運搬可能な物理的な品は輸入品の値下げ圧力にさらされることになる。また、「物を買うなら有利」という話は、それだけなら事実であろうただし「輸出産業も材料価格の恩恵を受ける」という説明は全く無意味である。なぜならば、加工貿易なら日本に材料が日本を経由するだけでは為替の影響は相殺されて人件費だけが高騰するように見えるし、加工済み商品を輸入するにしてもその価格に含まれる原材料費もやはり為替の影響を受けている。。問題は、日本人は買わない、モノやサービスよりカネが好きで、購入をちょっと我慢してでも貯金するほうを優先するということである。買わない以上は円高の恩恵は受けられない。

 以上の2点から察しがつくところであるが、要するに円高と言うのは、貯蓄可能な円の争奪戦の表現であって、円貯金によって発生し、円貯金が難しくなるという現象なのである。本来、為替変動は本来は見掛け上のレートの動きであり、働いている人から見れば中立である。円高になれば稼いだ円の額面が減っただけ対外購買力は上がり、円安になれば円の額面が増えただけ対外購買力を下がり、どのみち外貨ベースでの対外購買力は変わらない。円高は問題ないという言説は多くの場合このあたりの前提に依拠している。

 問題は、輸入した円で貯蓄し、そこからさらに輸出で稼ごうとする場合である。円を買ったままため込んでおくと、購買力を使わないまま円建ての稼ぎの額面が減るので、ため込んでおいただけ新規貯蓄は困難になっていく(おなじ額の外貨を稼いでも貯蓄できる円の額は減る)。加えて、大量の円貯蓄が存在する状況で外貨を稼いで円に変換すると、すでに貯蓄した人が円高による含み益をかすめ取り、その残りが労働者本人の購買力に変換されることになる。世代を超えて円の貯蓄を行おうとすると、先に稼いだ人が圧倒的に有利になる。円高とは、これから稼ぐ人の利益がすでに稼いだ人に吸われる現象であり、円安介入とはその貯蓄ギャップを調整するために行われるのである

 なお、貯金とはなにか、貯金の取り合いとはなにか、貯金の取り合いがどのような結果を生むかについては[所得不足と貯蓄過剰とデフレと財政危機|所得不足と貯蓄過剰とデフレと財政危機(1))を参照されたい。

介入によって何が起きるのか?

 介入の基本操作は(1)円貯金を持っている人から円を短期国債で借りる(2)借りた円をドルに変換して米政府に貸すという2段階を踏む。政府の介在を除いて考えれば、外貨貯蓄しているのと同義である。言いかえれば、政府が介入でやっていることは、国民に外貨貯蓄を勧めていることに他ならない。

 日本は加工貿易国であり世界最大の対外資産を持つ国であって、外国に物を売り外国から配当を吸って外貨を稼ぎ、それを貯蓄をしようとしているのだから、本来は外貨で貯蓄されるべきなのである。人々が無理に円を買って円で貯蓄しているのなら、誰かが「本来外貨であるものを円で貯蓄している」矛盾を解消しなければならない。それを政府がやっており、労働者が外貨を円に変換して貯蓄しているのと同じ額だけ政府が米国債を買わざるを得ない、さもなくば今まで貯蓄した人とこれから貯蓄する人の間に格差が生じる、というのが介入の現実である。

 ここまで見てきたとおり、日本政府による介入操作基本的には円高を抑え込むための操作であり、ドルを買うことを目的とした操作ではない。そのことは、2010年は円独歩高、ドルがユーロや人民元に対して過剰に高く人民元切上を要求している局面であり2、「世界通貨安戦争」などと名付けられるほど米国がドルを買われることを嫌っている状況でドル買い介入を行ったことからも明らかだろう。

(陰謀論的に)よくある質問

Q. 米国債を売れば大金が手に入る?

 外為特会は短期国債を発行してその金で外為の取引原資とする。外為特会は政府の資産で米国債を買い付けているわけではなく、便宜的に円を借りて等量のドルを貸しているだけで、差し引きゼロになるのが基本であり、政府の資産とは言い難い存在である。

 したがって、米国債を売ってその金を政府が国内に落とすということは不可能である。米国債を買う代わりにその金を自分によこせと言うのなら、日本の短期国債を貸している人に「その金、代わりに自分に貸してください」と言うのが正しい。その金を元手に稼げる見込みがあると言うのなら、きっと貸してくれるだろう。しかし、実際には米国政府よりマシな借り手が国内にいないと言うのが日本の貯蓄保有者の判断である。

 そもそも、米国債もアメリカ政府に金を貸しているだけであって呉れてやっているわけではないのである。当然ながら、みなさんが「米国債の分を俺によこせ」と言ってもそんな話にはならず、あくまで貸すだけという話にしかならないのである。アメリカに貸しても返ってきていないという意見もあるが、返してもらうと、これから貯金したい日本人がが困るから返してもらってないだけであることはすでに説明したとおりである。

Q. アメリカに脅されているから米国債を売れない?

 日本政府が大量の米国債を保持したままであることについて、一種の陰謀論的に脅されているからだ、という言説はよく見る。しかし、実際のところは、介入で買った米国債を円にロールバックすると前述のような不利益が発生するから売れないのであり、アメリカは売りたいのならどうぞ(次節参照)、短期国債ですから半年ごとの買い替えはご自由に、と言っているのが現状であるこまごまとしたところで、米国債が現在電子記帳式になっていて紙の券が刷られていないことについて「日本は米国債を持っておらずアメリカに握られたまま」という人がいるが、日本の国債も大口は電子記帳式であり、株券も電子記帳式になっている。単なる時代の趨勢である。。

 米国債を米国債のまま塩漬けにしてあるために信じられないという人が多いのだが、別に米国債を売り、そのドルで石油なり土地なり株なり農産物なり車なり計算機なりアメリカの株式なりを買うことは自由である。そのように使えば、アメリカの景気も回復し、日本も物やサービスが手に入って喜ばしく、相互に利益がある。なぜそうならないかと言えば、日本人はモノやサービスよりカネを好むからである。置き場のない金を一番流動性の高い状態で保存する方法が米国債買いであるというのが現状だろう。

 あるいは、もしあなたが金を借りて商売を始める覚悟があるならば、「米国に貸すな、その金は自分に貸せ」ということはできるだろう。問題は、その時に発生する円高に対する対処である。米国債を大量に売って円に変換するのだから、当然ながら急激な円高となり、借りた金で金利以上に円を稼ぎ出すのはより困難になる。円高=円の激しい取り合い=円を持っている人に有利、円を稼ぎたい人に不利、という状況が現出することは避けられない。

 また、[デフレの話題|所得不足と貯蓄過剰とデフレと財政危機(1))でも触れているが、円での貯蓄を試みる場合、その円の価値を将来にわたって誰が担保するかと言う問題がある。日本の株式・社債で裏付け可能な金額を超えて円を貯蓄しようとすると、どうしても外貨か何かで裏付けを試みる必要が出てくる。その貯蓄の裏付けとして準外貨と言える米国債を買っている感は否めない。

 米国債を買わないのであれば、貯蓄用の円の裏付けたる株や社債の総額の限界があるのだから、貯蓄需要が円の壮絶な取り合いをもたらし、デフレと失業に発展していくだろう。いわゆる「内需型経済」を標榜したところで、円で貯蓄しようとすると円の取り合いになってデフレが進行するという関係は変わらない。

Q. アメリカは国債を売られることを恐れている?

「アメリカは日本が借金を引き受けてくれているから持っているのであって、日本が米国債を買わなければ、あるいは売ってしまえば、米国政府は破綻する」というような言説は反米的な人を中心によく見る。

 しかし、米国債が売られて金利が上昇したからと言って、必ずしも政府がピンチになるわけではない。金融緩和を狙うような場面や、通貨安誘導して雇用を増やそうと言う場面では、国債を売ってくれたほうが有利に働く状況もある。2010年の初めに中国が人民元切り上げ要求に対して米国債売りを示唆したことがあるが、クルーグマンはそれに対して「金融緩和が必要なときに、わざわざ米国債を売って協力してくれるのだから、願ったりかなったりだ。鉄砲で脅しているつもりかもしれないが、暑い日に水鉄砲を撃つぞと言っているようなもので、全く脅しになっていない」と書いている3。要するに元高ドル安にするよう政治的に要求されたとき、突っぱねるために「米国債を売ってドル安にするぞコラ」と言っても全然突っぱねたことになっていないどころか要求を飲んだに等しいわけである。

 2010年の介入では円が世界中の通貨に対して上がっている状況で行われたが、同時にドルもユーロ等に比べて値上がりしており、アメリカは中国が人民元を不当に安く抑え込んでいてドルが過剰に高くなっていると非難している。換言すれば、アメリカはドルが弱くなってほしい局面だと公言しており、ドルを買われるのは嬉しくない局面である。米国債買いはドルを支えるための操作ではなく、純粋に円が高すぎることへの対処である。

 不利になるとすれば、安定していて動いてほしくない場面であるとか、あるいは米国内の生産力が壊滅したうえでドル安で購買力が下がって困っている場面でしかないだろう。

(2012/8/10)