貧困層支援策を格差拡大政策に裏返してしまう「罠」に気をつけよ

 近年の格差対策・再分配強化策には2種類のトレンドがある。一つは、等しくとって傾斜配分せよという考え方(均税傾給と名付ける)である。「等しくとる」方法として消費税の強化を主張することが多い。菅直人政権の経済ブレーンだった小野善康が代表的論者として挙げられる。もう一つは、金持からとって等しく生活保障レベルを給付せよという考え方(傾税均給と名付ける)である。この極端な例としては、民進党前原氏のブレーンである井手栄策氏の主張が挙げられる。氏は定率の税(=高所得者のほうが納税の絶対額は多くなる)と均等金額の給付により格差が縮小できるとしている1

第一の罠――「均税均給」への野合による再分配機能の停止

 「均税傾給」型の主張と「傾税均給」型の主張は、それぞれ税か給付のいずれか一方を無差別に均等化すべきと主張している。その利点として、審査が1回になることでコスト低減になり、ごまかしや抜け穴が減るとすることが多い。この主張は《もしそれが本当に貫徹されるならば》メリットとして考慮されるべきだろう。しかし実際に政策議論の俎上に載せる際には、なかなか貫徹されないという点は注意が必要である。「均税」「傾給」「傾税」「均給」がバラバラになり、野合して均税均給になり格差を埋めるための傾斜が消失しがちであり、ひどいものでは制度改革前後ではむしろ格差が拡大しかねないものに変化することさえある。

 例えば、先の解散総選挙に際して与党は「教育無償化により貧しい人に機会を与えて社会を流動化させ、その費用は消費増税で賄う」といった政策を打ち出した。(高等)教育の全面無償化は、貧しくても大学に通えず格差が世代を超えて引き継がれるのを止める「教育機会の均等」になり格差対策になるとされている2ことから、この政策は一見すると福祉増強・貧困対策に見える。しかし個別のパーツを取り出すと、消費税は定率=均税寄りの税であり、教育無償化は全員無差別に給付する均給型の政策である。この組み合わせはもとより格差対策としては弱く、選挙前の現在すでに低所得者向けの「傾給」型教育給付が実施されている中で均税均給型政策を新たに導入すれば、格差解消能力は現在より弱まると専門家からも指摘されている3

第二の罠――偽の均税、偽の均給

 再分配拡大論で「均税」「均給」の主張は多いが、一見すると均等に見えて、その実高所得者層に有利になっているという政策が存在する。その場合、その政策はむしろ逆進的に働く。これが第二の罠である。例えば「消費増税を財源とした教育無償化」の場合、消費税と教育無償化は双方とも単独で格差拡大に寄与するという指摘がある。

 まず、消費税は「全員が定率で負担するもの」とされているが、実際には低所得者は収入の多くの割合を消費に回すのに対して、高所得者では貯蓄や再投資に回すため、対所得で見た税率はむしろ高所得者のほうが下がることが知られている4。これに対して「超長期的に見れば必ず貯蓄した分も消費されるはず」という意見があるが、少なくとも短期的には格差対策にならず、相続までされれば「個人」を単位としてみれば逆進性は解消されない5

 また、教育の一律無償化も一見すると全員に均等に利益があるように見えるが、高所得者は教育課程(一条校)外の私的教育に金を投じるため高等教育に進みやすく6、結果的に私的教育に金を投じられる高所得者が高等教育の無償化の利益を受けやすいため、むしろ逆進的であるという指摘もある7 8。そもそも、所得が一定以下の貧困層は結婚しないことが指摘されており、結婚できない低所得者からも均等に税を取り子供が持てるだけの所得を持つ人だけに給付すれば、逆進的になる上に、定性的には少子化を加速させる圧力になる。教育無償化で結婚を決意するハードルが十分に下がれば少子化への影響を相殺できるが、消費税を財源にして教育しか無償化されない程度ではその効果は疑わしい。

罠を回避した政策を代替案として推す

 以上見てきた通り、「再分配を強化する」と謳う政策でも、その実逆進的で再分配を弱体化させる政策が存在する。またそれらの政策は一見すると再分配の強化に見えるため、正義を楯に推進されるということが多くある。そのような政策を掲げている政党があれば、早めに「それは再分配にならない」という警鐘を送ることが必要であろう。    また、再分配にならない政策に対して、その目的自体は肯定しつつ、再分配になる代替案を積極的に推していく必要もある。「消費税で教育無償化」は、やるならば、現行の免除システムを拡充する形で負担力に応じ免除・奨学金の可否が入学前に確定できる程度に公的資金を注入するほうが良いだろう。もしくは、初等・中等教育の無償化、給食等への公費注入であれば再分配に寄与するだろう。どうしても高等教育の全面無償化を推すならば、税の累進傾斜と必ずセットにすべしと強く拘束をかけるべきであろう。

 政治の世界では「一度公約に掲げたから」という理由で手段が目的に転化してしまうことはよくある。機会均等の達成を目的とし、その手段として高等教育無償化を提案したとしよう。その後「高等教育無償化は必ずしも機会均等に近づかず、むしろ格差を拡大する恐れがある」と指摘したとしても、それが一度公約に入ってしまうと、「公約だからやらなければならない」という形で手段が目的と化すことは珍しくない。だからこそ、これらの罠を常に頭に入れ、早めに警鐘を鳴らしつつ、真の目的を意識して代替案を提案していく必要がある。

(2017/12/3)


  1. 井出栄策の主張では、税率を100%にすれば完全な結果平等になり、税率を50%にすれば「半分だけ結果平等になる、という要領で、税率に応じた割合で結果平等を目指す主張であると言ってもいいだろう。 ↩︎

  2. 政府、年内に方針 今夏に有識者会議、財源確保など議論 毎日新聞2017年6月23日 東京朝刊 ↩︎

  3. 例えば、2017年9月26日のBSフジの夜の番組での末冨芳(日本大学文理学部准教授)の発言 ↩︎

  4. 平成22年 年次経済報告書 第二章 景気回復における家計の役割 所得分配と個人消費 p198-207 ↩︎

  5. そのため消費増税論者の経済学者もその逆進性が相続を超えることを阻止する「死亡消費税」なるものを主張していることもある。e.g. Chitose Wada 死亡消費税とは何か、伊藤元重東京大学教授が持論を展開 2013年06月18日 ↩︎

  6. 例えば東京大学の学生の親の年収分布は、日本全体の年収分布に比べかなり高くシフトしている。 ↩︎

  7. Hansen, W. Lee, and Burton Allen Weisbrod. Benefits, costs, and finance of public higher education. Markham, 1969. ↩︎

  8. 小林りん. 高等教育無償化は、低所得者層のためと言うけれど 2017/08/04 ↩︎