「気圧が下がると頭痛がする」は本当か?

 この数年、「低気圧が来ると頭痛になる」といった言説がSNS上でまことしやかに囁かれている。特に気圧が関係しているという言説が広まっており、半ば常識として信じている人も多い。「気圧予報を見て頭痛を予測する」と称するアプリも存在し、NHKなどでも「気象病」として紹介されるようになってきた1。最近では気象予報士がそれについての本を書くほどである2

 一方で、気象現象としての低気圧程度の気圧変動を原因とする疾患があるとする見解は、医学領域では否定的といっていい状態である。筆者も論文も探してみたものの、現状は「荒唐無稽な俗説を検証してみた」というような態度のものが多少見つかった程度である。英語版Wikipediaでも「あると言っている人はいるが……」という程度の見解であった3

 さて、このような「気圧が下がると頭痛がする」という因果関係は本当に存在するのだろうか。俗説、思い込みでも「当たっている」と感じてしまう人が大量に生じるのは血液型性格診断など枚挙にいとまがない。一方で、大きな気圧変動に起因する病気は確かに存在するので、あり得ないと切って捨てるにはまだ早いし、本当に大きな気圧変動に起因する病気と同じ原因であるのならその治療法、対策が流用できるはずである。本稿では、それについて少し考えてみる。

否定的見解――標高や水深に対する感受性の低さ

 《気象現象としての気圧低下》を原因とする病気は学問の側からは否定的に扱われているが、その大きな理由として「登山や飛行機への搭乗では気象現象としての低気圧とは比べ物にならないほどの気圧低下を経験するはずだが、それを原因とする体調不良の報告が気象病の愁訴に比べあまりにも少ない」ということが挙げられる。気象現象としての低気圧は、気圧はせいぜい数%下がる程度である。標準気圧1013hPaに対し、-10hPa程度の1000hPaまで下がっただけでも十分に雨を降らせるし、-20hPa程度の990hPaまで下がれば結構な雨を降らせる程度の強さになる。-30hPaの980hPaまで達すれば台風レベルの相当強い低気圧の中心部(目)の気圧になる。

 地表近くの大気は、標高が上がるほど気圧が下がる。おおよそ標高10mごとに1hPa程度下がる関係にあり、標高100mなら-10hPaの1003hPa程度、標高400m程度のの長野市なら-40hPaの970hPaほどになる。標高2000mでは気圧は800hPa前後となり、気象現象としての低気圧ではまず達することのないような気圧になる。気象庁発表の気圧は標高分の低下を補正した「海面気圧」を発表しており、「頭痛用気圧予測アプリ」はこの補正された値を表示しているため、実際の気圧と異なることには注意が必要である。

 この「標高100mほど登る」というのは日常でもよく体験する程度のものである。例えば中央線の場合、標高3mの東京駅から徐々に標高は上がり、新宿駅地表で37m、吉祥寺駅地表で68m、八王子駅地表で112mまで上がる。横浜でも、横浜駅から二俣川駅まで行けば標高で約50mほど登る。高さ100m(20階)程度のビルは日本中のそこかしこにあり、地方の「地域で一番高いビル」や都市部のタワーマンションはそれに当たる。ビルも換気の都合気密ではないので、高いビルのエレベーターに乗ると耳抜き(後述)が必要なほど気圧が変わる。また標高400mの変化の体験も珍しくはなく、たとえば甲府に抜ける笹子トンネル、新潟に抜ける上毛高原、東北に抜ける福島白河などは標高約400mである。スカイツリー展望台や高尾山、京阪神を取り囲む山々もその程度の標高はある。

 飛行機は上空10000m前後を飛ぶことが多いが、さすがにこの高度では空気が薄すぎるため機内は加圧されている。とはいっても800hPa近くまで落とされているため、飛行機に乗ると中心気圧900hPa「史上最強台風」と呼ばれるクラスですら比較にならないほど大きな気圧変化を体験することになる。

 また、水に潜った時も同様である。水中では、おおまかに水深10mごとに1気圧相当水圧が上がる。従って、水深1mごとに100hPa、10cmごとに10hPa上がる換算になる。水に潜るのは体温の低下、抵抗の大きい流体で動きにくいなど様々な副次的現象があるので一つの要素だけ切り出してもしょうがないが、少なくとも圧力だけで見れば、そのあたりの浅いプールに潜る、風呂で頭を水に沈めるといった程度の行動でも台風レベルの圧力変化を経験することになる。

 もし本当に気圧の変化が原因で、あまつさえ内耳にかかる圧力の問題であるというのなら、このような標高方向の移動、ないしは浅いプール程度の潜水でも十分に同様の症状が起きるはずである。気圧に原因があるという不定愁訴をする人でも、このような大きな気圧変化がある状況でもケロっとしていることは多く、私が気圧変化を原因とする不調であるという説明に疑念を持つ理由となっている。

肯定する仮説1――航空性中耳炎

 気圧と頭痛の関係を唱える人の中には、耳に関係していると訴えるケースが散見される。気圧差は、実際に耳に影響を与える。耳は鼓膜の外と内で別の空気が入っているが、外の気圧が変化しても鼓膜の内側(中耳)の気圧が変わらない場合、鼓膜や中耳が気圧差でパンパンに張り、炎症を起こすことがある。これは中耳気圧外傷と呼ばれており、気圧が800hPaまで落ちる航空機で発生すると「航空性中耳炎」4、大気圧の2倍以上に行くこともよくある素潜りで発生すると「潜水性中耳炎」などと呼ばれることがある。特に潜水の場合はかかる圧力が高く、中耳を超えて内耳も炎症を起こすことがある。

 スキューバダイビングなどではこの状態を続けるとおぼれかねないため、耳管を開ける「耳抜き」と呼ばれる動作の習得が必須とされる5。耳抜きの方法はいくつかあるが、鼻をつまんで鼻腔内に空気を送って鼻腔内の気圧を高めて耳管を開けるか、喉の入り口を横にひく=軟口蓋を引っ張り上げる筋肉(口蓋帆帳筋)を緊張させてついでに耳管も開ける方法が一般的である。

 筆者がSNSを調べた限りでは、飛行機の離陸・着陸で強い頭痛がするという人は少なくなく、そのような人は主に耳抜きを随意にできない苦手な人という印象を持っている(あくまで印象)。耳抜きが必要な状況は高層ビルのエレベータで昇降した程度でも発生するので、耳抜きが極端に苦手な人が990hPa程度の低気圧の通過の際に一度も耳抜きできず航空性中耳炎のような症状に陥る、ということは考えられないことではない。もし本当にそうなら耳抜きで解決するはずで、耳抜きを覚えて損になることはまずありえないので、治れば儲けものと思って試す価値はあるだろう。

肯定する仮説2――高山病

 高山病は、気圧が低下することで引き起こされる病気の代表例であろう。厳密には気圧の低下というよりは酸素分圧の低下による酸欠による病気である。酸欠は行き過ぎれば死ぬし、死なないにしても酸素が不足すれば神経や筋肉を含むほとんどの細胞が機能不全に陥るので、体調が悪化するのは当然だろう。その症状は頭痛や体のだるさなどが挙げられるが、これは「気圧による体調不良」を訴える人とも共通する。

 筆者もこれには身に覚えがある。飛行機に乗った場合は離陸直後に寝落ちすることが多く、国際線で十数時間のフライトの場合もそのまま寝込み続けることが多い。単にチェックインの時間合わせのために寝不足になりがちですぐ寝る、座ってるだけの状態で映画館同様に眠くなるといった説明も可能で必ずそれだとは言い難いが、高山病の初期症状は標高1500m程度から始まるとされるので、標高2000m相当の気圧に保たれる飛行機内で弱い高山病の症状を呈するのはあり得ないことではない。

 ただ、同じ場所にとどまって気象による気圧変化だけで高山病にかかるとは考えにくい。並みの低気圧は高層ビルの上層階程度の気圧までしか下がらず、かなり強力な台風でも、高尾山や六甲山に登った程度の気圧変化しか起きないからである。台風の上陸時の気圧は950hPaでも数十年に一度の強力な部類になるが、その目の中に入ったとしても気圧は5%下がるに過ぎない。この程度の酸素分圧の低下で体調不良をきたすなら、有酸素運動をしたらなんであれ厳しいことになるのではないかと思われる。

 ただし、酸欠仮説は女性に気象病を訴える人が多いことを説明しうる。女性は月経のために貧血=酸素不足になりやすく、貧血になりかけの人の最後の一押しが気圧低下に起因する酸素分圧の低下であるというのはあり得ない話ではないからである。もっとも本当にそうであれば標高の変化や飛行機には極度に弱いはずで、有酸素運動をしようものなら息も絶え絶えの状態になるだろう。筆者は酸素不足気味の体質で、陸上をやっていたが長距離走だけは苦手であったし、男ではあるがいちど貧血で倒れたことがある。飛行機もすぐ寝るのは今も変わらない。

 もし気象病が酸素不足に由来するものならば、貧血対策をすればそのまま気象病対策になるはずである。貧血対策というと昔はレバーが挙げられることが多かったが、レバーだけで鉄分を補おうとするとビタミンA過剰になるため今はあまり勧められていない。総合的な栄養学の知識がないなら鉄分サプリで補うほうが間違いが少ない。どうしても食べ物から、という場合は筆者は煮干しをお勧めする。食べる煮干しの類でもよいし、煮干し粉をふりかけのようにして1日10~20g程度必ず取るようにしてもよい。煮干しは成長期に必要なタンパク質と各種ミネラルをバランスよく含んでおり、特に煮干し粉は粉末プロテイン製品より安いため量も取りやすく、月経時の女性や妊婦、18歳までのお子様の誰にでもお勧めできる。

肯定する仮説3――気圧以外の天候要因

 「低気圧が来ると体調が悪くなる」という人の少なからずが「梅雨時はずっとひどい」というような訴えをしている。しかし、梅雨の時期の不調については気圧と関連付けにくい。というのも、梅雨前線の付近では雨が降っていても低気圧ができていないことがままあるからである(気団どうしの押し合いで停滞前線ができており、気圧の低下部である渦ができない状態が続く)。つまり、梅雨時に体調が悪くなるとすれば、それは気圧よりむしろ寒暖差や湿度、日照などの影響を考えるほうがいくらか合理的である。

 気圧低下に伴う体調不良は、その訴えの内容から自律神経に関係するという見解が少なからずみられる。気温や湿度は体温調節・発汗調節に影響を与える要因であり、体温・発汗の調節のための自律神経系の変調の副作用として他の内臓や循環器、内分泌などに影響が及び、それが体調不良として感じられるのではないかという説明はメカニズム的にはすることができ、検討に値するものであろう。ただし、この手の自律神経失調症については「詳しいことはよくわからないが体調が悪い気がする」不定愁訴をまとめて片付ける説明として使われている節もあり、有効な治療が確立されているとは言い難い。あくまで「そういう可能性もあるかもね」という程度で、中耳気圧外傷説や高山病(貧血)説のような対策を述べることはできない。

 ただ、気温や湿度の変動に弱いというのであれば、エアコンを有効活用するなどして室内の気温と湿度を可能な限り一定に保つことでかなり防ぐことが可能なはずである。もし《気圧が低くならなくても》雨が降り寒暖差の大きい梅雨時に特に調子が悪いというのであれば、この方向性で対策を考えるのが良いだろう。

終わりに

 筆者は基本的に「気象現象レベルの気圧低下による体調不良」を信じていない。ただ、気象現象レベルを超えた気圧を原因とする体調不良は存在するし、気圧ではなく寒暖の差で体調を崩すというような話であればあり得るだろうという立場である。そのため、標高や飛行機など《特に強い気圧変化》で体調が変化するかどうか、気温や湿度だけが変化して《気圧は変わらないとき》にも体調が悪くなるかどうかなど、個々人が分析の上対策することが可能ではないかと考えている。本当に気圧の微妙な変化を原因とする失調がある、という可能性も排除はしないが、その可能性は限りなく低いというのが私見である。


  1. NHK視点・論点 気象病とは何か 2017年09月12日 (火) ↩︎

  2. 小越久美(著), 小林弘幸(監修) 低気圧女子の処方せん 天気が悪いとカラダもココロも絶不調. セブン&アイ出版. 2017 ↩︎

  3. Wikipedia Weather pains ↩︎

  4. 関西国際空港検疫所 航空性中耳炎 ↩︎

  5. 三保 仁 耳ぬき不良は治る!第1回 耳ぬきってなに?? Marine Diving Web ↩︎