アメリカは米中冷戦を望んでいないし、米中野合(G2)も望んでいない

アメリカの対中姿勢について、「米中冷戦がはじまる」的な見方と「アメリカは中国市場を取るために野合する」的な見方の2つがはびこっているが、筆者は両方とも間違いであると考えている。以下に筆者の見立てを述べる。

アメリカの中国に対する姿勢

 今までのアメリカ側のスポークスマンの発言を総合する限り、アメリカの対中姿勢は原則としてはシンプルである。すなわち人権と自由を尊重し、国際法を遵守し、平和的国際協調というポスト冷戦時代にふさわしい路線に転換するなら大国としての台頭を歓迎する、価値観を西側世界と共有できるのであれば歓迎したい、というのが基本路線である。これは原則論であり、相手が中国であろうがどこであろうが一緒である。現在のアメリカは帝国主義的・冷戦的な陣取りゲームの感覚で敵味方を識別しているのではなく、西側的な価値観を共有できるかどうかを見ており、その価値観を共有できるなら常に窓は開いている、と評価できる。これを裏返すと、中国が自由と人権を制限し続け、軍事的で脅迫的な外交を展開するなら断固として対抗するということである。

 アメリカは中国に対して、基本的には共産党独裁のヤクザ国家だが最近改心してきた、という見方をしていた。日本で中国を云々するときに抜けがちであるが、胡錦濤、温家宝、李克強ら最近の中国首脳は改革開放路線を継承し、中国の制度を西側寄りにしていくことに積極的であった。アメリカはこの点を評価していた。ただし、金盾の検閲などから中国が本心から改心したと思っておらず、経済的な結びつきは陣取りゲームの駆け引きではないかと疑う人も多かった。中国が陣取りゲーム的世界観である「G2論」を打ち出してきたのに対して「中国の平和的な発展は歓迎する」と条件を付けて留保しており、対中宥和派でも「経済成長が民主化を促す」という論理で民主化してもらわないと困るという点では合意していた。

 そのような状況において中国は、防空識別圏の一方的拡大と領空外での軍事行動の宣告という、武力を使った恫喝を実行してしまった。これは「自由人権国際協調なら中国歓迎」というアメリカの基本指針から明白に外れる行動であり、米軍は即座に反発した。オーストラリア外相は「東シナ海の現状を変更する、いかなる威圧的かつ一方的な行動にも反対する」と宣言しており1、中国側のアナクロな帝国主義がポスト冷戦の価値観から容認できないことを明白にしている。

 防空識別圏問題への米軍の反応はかなり素早く、翌日には準備していたかのようにB-52を飛行させており、このような事態は当初から警戒していたように思われる。2010年から尖閣諸島についてのいざこざがあり、レアアース禁輸などの国際協調(WTO)違反の行為も行い、習近平がしきりにG2論を持ち出して来ていたことなど、警戒する材料は実に多かった。バイデン副大統領が韓国で「オバマの太平洋リバランスの決断に疑問の余地がないことを絶対的に明白にしておく」と発言しているが2、このリバランス(Pivot to Asia)の計画は2011年にはかなり進展していていたようであり3、このころからいつでも宥和的態度を毅然とした態度に切り替えられるよう準備していたと見るべきであろう。オーストラリア外相がい述べている「威圧的手法を認めない」という立場は7月には安倍首相が述べており4、10~11月の段階で日本の集団的自衛権法整備についてアメリカおよびASEAN諸国が支持を表明していたが、これも中国のヤクザ的手法への警戒が事前に共有されていた証左である5

陣取りゲーム的世界観ではアメリカの態度を見誤る

アメリカは対立を望まず、中国に改心するよう説得を続けている

 ここまで述べてきたとおり、アメリカは中国が台頭してきたことを認識した上で、一貫して「中国が自由人権を尊重し、民主化し、国際法を遵守し、平和的国際協調路線を取るべき」というメッセージを送り続け、パワーゲーム・新冷戦という状況となることを回避することを望んでいる。

 したがって、アメリカは中国と全面対決するという路線のパワーゲームもまた望んでいない。両国はすでに貿易を大規模に行っており、これに逆行するような紛争関係に自ら移行することは望んでいない。また核兵器を持つ大国間での戦争も前世紀で捨てたものと見なし、「テロとの戦争」のような局所紛争から、徐々に戦争のない世界に移行するという理想論を描いている。ただ中国側がこの理想論に逆行するような覇権主義をちらつかせているため、軍事的恫喝は通用しないという態度を取った上で、自由人権国際協調路線に参加しなさいというメッセージを送り続けている。最近のバイデン副大統領の中国訪問では、長い時間を取って報道統制と人権問題を非難しており6、中国と対決したいのではなく、従えと言っているわけでもなく、強権的・独裁的姿勢を受け入れがたいのだと繰り返し諭している。アメリカが積極的に米中紛争を仕掛けようとしていると思うのならば、それはアナクロな陣取りゲーム的発想である。日本関係でも、尖閣諸島問題について中国が国際司法裁判所への付託を行い「さあ日本は自分が正義だと思っているならいつでもかかってこい、法廷で待っている」と言うならば、米国は「中国は話し合いをしたいと言っているのだから日本は応じろ」という意見を表明することもありえただろう(ただし中国側は国際司法裁判所ではほぼ負け確定なのでやらないわけだが)。

 またアメリカが軍事行動に積極的でない点をもって「日本を見捨てた」だのと論評するのもまた不思議である。米中が野合するというG2論なるものがさかんに喧伝されているが、そのような時期でさえ中国製通信機の排除7 8や国防に関わるNASAでの中国人排除を命じており9ている。「アメリカは中国に全面的に迎合した」なる見方をしている人がいたら、ニュースを見ていないか、または読み違えているかのいずれかであろう。アメリカにとっては、自由人権国際協調を捨てて中国市場に迎合できるという考えはなく、米軍が防空識別圏で即座に反応した点にも表れている。中国の台頭についても「国内的には民主化し、対外的には平和的をとるなら」と留保を置き、中国の言うG2論に乗る姿勢は見せていない。その傍らで中国に対抗できる軍事力の維持は進めている。バイデンが韓国で行った太平洋リバランスに対する決意表明、日米共同作戦の実施を現実的に推し進める姿勢(フィリピン救援という形での共同作戦訓練10、日本に集団的自衛権法整備と、共同作戦時の機密保持に必要な特定秘密保護法を急がせる)などはその表れである。ただし、繰り返すがこれは米中戦争を企図したものではない。日米にとって中国はヤクザのフロント企業のような存在となっており、即座に対決しなければならないような状況にはなく改心を期待しているが、しかしヤクザ的な部分を色濃く残していて引き続き警戒しながら更生を期待しているというのが現状と言ってよい。バイデン副大統領は数度のアジア歴訪で「アメリカや日本の負けに賭けるのは愚か」と繰り返し述べており、韓国紙はこれを「米中対決で中国側につくなら懲罰する」という脅し文句ではないかと言っているが、もう少し深読みすれば「弱肉強食・パワーゲームの世界観で行動するのをやめろ」ととっても良いと筆者は考える。

中国当人が勘違いしている

 日米中の関係がしっくりいかない重要な原因として、中国(特に習近平と軍部)がどうもアメリカ側の意図する原則論を理解していないらしきことが挙げられる。NHKは習近平の掲げた「民族の夢」なるスローガンについて「野心的なギラギラしたもの」「アヘン戦争の敗北以来……中国の屈辱」「戸惑いが国民の中にもある」「李克強…だけが…まだ支持を表明、発言していない」と、婉曲ながらも国際協調路線に逆行するアナクロな19世紀的(帝国主義的)感覚だと評している11。中国の先代首脳の時代に得られた国際プレゼンスの増大は、彼らが行った自由人権国際協調路線の帰結であるが、習近平は19世紀的陣取りゲーム感覚で「アメリカが経済力をつけた中国に尻尾を振ってきた」と理解してしまったようで、就任以来繰り返しG2論を持ち出してホワイトハウスを当惑させている。習近平はアメリカがG2論を受け入れたと信じ切っていたようで、防空識別圏問題で完全に読み違えて各国の一斉反発を受ける大失敗をしたのも、このあたりの事実誤認が原因であるように思われる。

 中国がいまだにパワーゲームというアナクロな世界観しか持ち合わせていないことは、防空識別圏問題発生後の反応からもわかる。共産党の半機関紙である環球時報において、「中国は闘争の狙いを日本に集中」「米国もオーストラリアも防空識別圏をめぐる直接的な相手ではない」といった合従連衡オンリーの認識を披露しており12、外交部も「アメリカは関係ない」など概ねこれと同じような発言をしている。日米豪英ASEANなどが「軍事的恫喝や陣取り合戦的価値観は受け入れられない」とアンダーラインをひいて発言しているにも関わらず、理解できていないこと自白するかのようにパワーゲーム的価値観に満ちた官製社説を掲載してしまっている。防空識別圏問題直後のバイデン訪問の官製論評でも、まだアメリカ側の意図を汲めずG2論に固執しているように思われる。

 中国は米国側の「パワーゲームは時代遅れ」というメッセージを「パワーゲームにおける駆け引き」に変換して理解しているようで、そのあたりに深刻な齟齬があるように思われる。習近平がアメリカ首脳と会談するたびに「新たな大国関係」「互いの核心的利益を侵さないことで合意した」と機関紙に発表しているが、ホワイトハウス側のコメントと比較してみると、両者の会談後の共同声明に見える「新たな大国関係」「建設的な関係」という言葉について「太平洋を二分する形でヤクザのシマの設定に合意した」と主張しているのに対し、アメリカ側は「自由人権を尊重し、国際法の守護者となり、地域の平和に貢献できる建設的な関係」のような意図を込めて使っていることが分かる。「互いの核心的利益」についても、中国にとっては島や大国としての存在感が核心的利益だと国内向けに発表しているのに対し、日米豪にとっては「武力による脅しを認めないこと」が核心的利益とするメッセージを中国に送っており、同じ言葉を各自が独自の価値観で評価しているためにすれ違っている。特に中国側は解釈のすれ違いを意図的か意図せずか無視し、「言質はとれた、米中野合は成った」と機関紙で喧伝している。この意図は筆者にも汲みかねる。

 また中国は「世界は中国なしにやっていけない」ということに過剰な自信を持っているように見える。例えばレアアース禁輸問題では日本は回避策を実行したが、中国は世界を牽制できる切り札としてこれを考えていた節がある。自身の国際貿易上の地位についても、世界が中国なしには立ち行かないので中国詣でに必死というような自信を持っているようだが、ご存じの通り繊維などは数年前からより人件費の安い東南アジアなどに移行しつつある。防空識別圏問題の記事がNYTに掲載されたとき、コメント欄で最も支持を集めていたものは「中国は対米制裁すべきだ!そうすればアメリカに製造業が戻ってくる」と言うものだった(アメリカ民主党支持層ではこの観点は結構根強い)。日米共に「中国がなければないでなんとかする」という考えが強いが、中国はその点に余り意識が向いていないようにも見える。

困ったことに韓国も勘違いしている

 事をもう少し複雑にしている要因として、日米中に挟まれた韓国も陣取りゲーム論でものを見ている節があるということがある。韓国紙を縦覧する限りは、2013年の前半の時期に韓国は「米国は中国とのG2論に乗り気である」なる認識が常識化しており、防空識別圏問題でその世界観が崩れたことに困惑しているようである13。対中貿易額の多いオーストラリアが防空識別圏問題で強硬な意見を出したことにも相当ショックを受けていることも、韓国が自由人権国際協調の原則論より経済的結びつきを優先したパワーゲーム思考であったことの表れだろう。一説によると韓国は「米中G2の仲を取り持つことで世界の最重要国2つから厚遇を受ける」云々と、議会の少数勢力が連立でキャスティングボードを握るような外交を企図して中立・両属的な姿勢を取っていたようである。米中のパワーゲームを前提とした態度は、パワーゲームに反対し自由人権国際協調の原則を皆が共有するという意図を持ったアメリカの気に食わなかったらしく、「アメリカや日本の負けに賭けるのは愚か」と2回のアジア歴訪で同じことを言われた揚句、2回目には2度繰り返して同じことを言われるなど、アメリカの掲げる原則論を韓国が全く理解していないことにいら立っている雰囲気が感じられる14 2

 筆者は、まずアメリカが中国のヤクザ的やりかたと妥協して野合する可能性はほとんどないと考えている。アメリカがこれを認めたとしたら相当なことである。次に、アメリカが積極的に中国に喧嘩を売ることもないだろうとも考える。冷戦の再来は望んでいないだろう。ただし、中国が「やくざ的やり方を認めないなら戦争だ」と仕掛けてきたならばアメリカは大義を掲げて対決姿勢を取るだろうと考える。

 日本が陣取りゲーム的思考で積極的に中国潰しを行ってもアメリカは賛同しないであろうし、。米日(ASEAN)韓は中国に対する距離によって感じている脅威度が異なり、それによって中国に対する態度も異なるが、中国の考える陣取りゲーム論に乗って日本(や韓国)が陣取りゲームで対抗したとしても、他国の理解は得られないということは言えるだろう。

(2013/12/10)


  1. 「中国の「威圧的、一方的行動に反対」…豪外相」 2013年11月26日 読売新聞 ↩︎

  2. Remarks by Vice President Joe Biden and Republic of Korea President Park Geun-Hye in a Bilateral Meeting December 06, 2013, For Immediate Release, The White House Office of the Vice President ↩︎ ↩︎

  3. The Obama Administration's Pivot to Asia 2011/12/14 Foreign Policy Initiative ↩︎

  4. 安倍氏の「結束して対抗」は必ず挫折する Jul 12 2013 人民網 ↩︎

  5. 安倍首相がASEANで「積極的平和主義」アピール、全10カ国歴訪 中国をけん制―中国メディア 2013年11月18日 新華経済 ↩︎

  6. バイデン米副大統領、中国の報道統制と人権問題を非難 2013年12月06日 ウォール・ストリート・ジャーナル日本版 ↩︎

  7. 姫田小夏「米国で広まる中国企業排斥の動き肥大化した徳なき「大国」の自業自得」 2012.10.30 JBPress ↩︎

  8. 韓国通信網に中国機器 米が懸念の報道 2013年12月5日 NHKニュース ↩︎

  9. NASAが中国人の科学会議参加を禁止、米天文学者らがNASA批判 2013年10月10日 AFP BBニュース ↩︎

  10. フィリピン支援に日米が「トモダチ作戦」、日本は頼まれてもいない大規模部隊を派遣―中国紙 2013年11月15日 新華経済 ↩︎

  11. 「”中国の夢”から見える中国の深層」 2013年4月23日 NHKワールド 特集丸ごと ↩︎

  12. 「狙いを日本に集中、野心打ち砕く」 中国紙が社説 2013/11/29 日本経済新聞 ↩︎

  13. 米・中‘防空区域=核心利益’判断…‘G2協力’に破裂音 2013.11.27 ハンギョレ新聞 ↩︎

  14. Remarks by Vice President Biden at Sendai Airport August 23, 2011, For Immediate Release, The White House Office of the Vice President ↩︎