The King of Thrones

この記事は、2005/3月の下記の記事を勝手に翻訳したものです。 著作権は元の著者Daniel McGinn氏に属します。また、WIRED様が公式に翻訳を出す場合、この翻訳をご自由にご利用ください。

http://www.wired.com/wired/archive/13.03/toilet.html


 Ashish Kulkarni は応用化学で博士号を持っている。彼は昔GEでプラスチック素材を開発していた。今彼はニュージャージーの研究センターで、ゴルフボールをトイレにボトボト落としている。「3, 6, 9, 12……」彼のカウントは時たまポチャンという音にかき消される。このトイレは24個のボールを流し去る便器のチャンピョンだ。彼がレバーを引くと、便器は唸り声をあげてボールを吸い込んだ。「まあ、実生活でこれだけ流さなければならなくなるようなら、別の意味で問題があるだろうね」と彼は言う。

 普通の人には、トイレとはプライベートな黙考の場だ。しかし研究開発陣にとっては違う。新たな節水規制が出るたびに「流れない」というクレームを処理する、格闘の場だ。終わりなき戦いに武器を持つために――かつて車メーカーが1980年代に行ったことと同じことをトイレメーカーがすることになった。コンピュータによる流体計算の導入である。洗練された数式が、より清潔で、より速く、より静かな水流を生むのだ。

 完璧なトイレとは何か――それを探るため、アメリカ衛生配管博物館American Sanitary Plumbing Museumに足を運んだ。そこはそれほど大きな博物館ではない。19~20世紀のトイレットペーパー(未使用)コーナーを抜けると、そこには博物館の至宝があった。おまるコレクションだ。展示物のうち最初期のものは、なかなかしゃれたデザインのソレだった。忘れてはならないが、我々(欧米人)の先祖は、かなり近頃まで消化行程の最終段階をバケツの上で済ませ、それを窓から投げ捨てていたのだ。疫病という言葉が歴史の教科書によく出てくるのもこのせいだ。

 英国人ジョン・ハリントンがトイレを発明したのは1596年のことだが、その後数世紀の間はその技術は人々の生活に根付かなかった。

 博物館の階段を上ると、そこには1891年製「ノーチラス号」があった。これは初めて水洗用のタンクを備えたものだ。引き手を引くと、タンクの栓が開き、水が便器に流れ込む。重力と運動エネルギーが汚物を取り去り、S字型の配管がサイホン効果で汚物を流し去る。その音は聞き覚えのあるものだろう。114年の歴史のあるこの技術は、基本的にはあなたのトイレにあるそれと同じものである。

 20世紀の間、便器の進化はせいぜい色が変わったくらいだった。しかしそれは1992年に様変わりした。節水規制で水の量が1回13リットルから6リットルに減らされたのだ。初期の節水便器は、本来の目的を果たせなかった。水流の力が弱く、二度流し、パコパコの使用が当たり前で、酷いときには違法に古い便器に戻されさえした。メーカーはなんとか6リットルでまともに機能するものを作らなければならなかった。水流の科学というのは本当に難しく、ゴルフボールや大便が入っていなくても予測するのは難しい。水が少ないことは流すに足る運動エネルギーが少ないことを意味する。メーカーは、まずタンクの出水弁を2インチから3インチにして、急速に力強い水が流れるようにした。また排水路も広くすることで、効率的に流しだされるようにした。

 新製品の機能をさらに高めるため、トイレ博士たちはコンピュータシミュレーションをすることにした。「流体力学計算ソフトによって、正しい形状、正しい直径、正しい公差が求まるわけです」とKohlerのマーケティング部長 Kathryn Streebyは語った。これは数学なのだ。ベルヌーイの定理の微分方程式だ。「水がエネルギーを失わないようにするには、うまく水路を設計するしかない。曲がり角をスムーズに作り、よどみを生む障壁は排除しなければならない」。2002年の段階で、American Standard社の開発センターには博士持ちなどいなかった。今は7人もいる。Kohler社の研究者のうち2人は、もともと宇宙航空研究に従事していた。便所がロケットではないなどと、誰が言っただろうか?

 量産品のメーカーは、普通発売前には実環境でのテストを行う。しかし、例の理由によりトイレでは「実環境」テストが憚られる。実際の人間が出すものでテストするのは、ある種の礼儀作法やタブーを犯すため、研究者たちはゴルフボール、スポンジ、おがくず、オートミールやその他の「テスト媒体」を使わざるを得ない。しかしこれらのブツは実物とは似ても似つかない。トロントの便器基準審査官Bill Gauleyは、これら代替品の精度的欠陥に悩んでいた。2000年、彼は完全なるレプリカうんこを研究することにした。まずはじめは、台所で小麦粉にマッシュポテト、ココアに水を加えて練ったものを使った。それは、あー、衝撃的なまでにアレそっくりの見た目だった。しかしそれは余りにも簡単に水に溶けてしまった。

 彼ははるばる旅に出て、日本のメーカーTOTOを訪れた。そして出会ってしまったのだ。完璧な茶色のペーストに。味噌だった。大豆から作られ、スープの調味料に使われる。見た目、性能、そのいずれも、少々不安になるほどに完璧にアレの実物そっくりだった。しかし――TOTOの男たちは決してその極秘レシピをを教えようとはしなかった。

 彼は真っ先に日本食品店に走り、ありとあらゆる味噌を買いつくし、どれが一番クソかをテストし始めた。そして見つけたのだ。すばらしいブランドを。ただしその名前は守秘義務のため明かすことは出来ない。それからの毎日は味噌汁地獄だった。コーキング押し出し機で打ち出されたそれはまさに――話を続けよう。

 Gauleyと、同僚のJohn Koellerは、公的テストとして万全を期すべく、いくつかのパラメタを決定した。まず味噌はどのくらい必要か。英医学誌「Gut」の「健康な被験者における消化機能の変動(1978)」と題する論文から、平均の重さは130グラムで、95%は250グラム以内に収まると分かった。チームは50グラムづつ味噌を増やし、繰り返し検査した。どの便器も250グラムの味噌を流し去った(もしあなたが日常的にこれ以上出す場合は、お医者様に相談してください)。2003年に発表された最初のテスト結果では、大きな差があった。最も普及していたモデルは100グラムさえ流せない一方、他いくつかは900グラムさえ流し去った。勝者はTOTOのG-Maxというブランド名の3つのモデルで、広い出水弁と広い排水路を備えていた。500グラム以上であっても確実に流し去ることが出来たのだ。

 2003年の終わりには、American Standard社はついにTOTOを追い越した。2004年にはKohler社がクラス5流水システムを持つCimarronモデルでそれに続いた。両者ともより広い出水弁と排水路を持ち、タンクにボールを浮かべる代わりに信頼性の高いタワー型タンクを採用した。価格は250ドルからと、従来の便器に比べ倍になった。しかしアメリカでは1000万個もの便器が毎年売れ、全米の70%が新型便器となり、アメリカの便器は高級化に拍車がかかった。1000ドルもする整形された一体型トイレさえ売れるこの時代、高機能便器は飛ぶように売れるという。

 プレミアムトイレ市場はあと少しで一般的になろうとしている。蓋が開こうとしているのだ。2002年、TOTOは50万円のハイテクフラッグシップモデル「ネオレスト600」を発表した。16ビットCPUに512kBのRAMを持ち、ワイヤレスの遠隔操作で蓋を開けることが出来る。

 便座から立ち上がると、便器は自動的に最適な水量を推量して節水しつつ流す。ネオレストはタンクなしで、一般家庭用水道の水圧を賢く利用して流すことが出来る。あなたが便座で用を済ませると、便器はトランスフォーマーのようなメカギミックを動かす。先進的ビデが滑らかに前後しつつ水をスプレーし、触媒脱臭剤が作用しつつ暖かいドライヤーで乾かされる。TOTOによれば、あの大物たちもこの玉座に座っているという。ブラッド・ピット、ジェニファー・ロペス、キャメロン・ディアス、チャーリー・シーン、ウィル・スミスらである。特にウィル・スミスはAccess Hollywood誌で熱心に語っている。「まずトイレットペーパーがいらない。便座のどこに座ろうが、そいつは百発百中の狙いでスプレーを撃ってきやがるんだぜ!」

 TOTOは、ネオレストは日本ですでに25万台売っており、アメリカでも「熱狂的に受け入れられている」という。 しかしライバル企業はこれらが急激に受け入れられるかどうかには疑問を抱いている。American Standard社の調査グループでは、アメリカの消費者は電動トイレは「危険ではないか」と次々に口にするという(これらの人たちはジャクジーが石炭で動いていると信じているかのようだ)。また、値段も問題だ。たいていの人がなるべく安く済ませようとしているものなだけに、それに大金をつぎ込む姿は想像しづらい。

 つまりこれはカルチャーギャップだ。大半のアメリカ人はビデの魅力に抵抗している。American Standard社のチーフデザイナーGary Uhlは言う。「2歳の頃から母親にしつけられてきたような慣習を、どうやって変えることが出来るんだい?」

 だが、ネオレストがアメリカの未来のトイレでないというのなら、いったいなんだというんだ?すでに、その背の高い便座は着座起立にかかる屈伸運動を和らげている。ゆっくりと動く蓋と座席によって、バチンという音で夜中に目が覚めるようなことはなくなっているのだ。

 次世代トイレはほぼ確実に節水型だ。アメリカのメーカーはすでにネオレストを模倣した節水2回流し型(小便に3リットル、大便に6リットル)商品を売ることを計画している。一部のメーカーは家庭用水道の 3.5kgf/cm2の規格に合わせたタンクレスシステムを採用しようとしている。トロントの審査官Koellerは「4リットルまで減らせると思う」と語った。もうひとつの節水案は、家庭用の男性小便器だ。「カップ半分の小便を流すのに水6リットルも使うのは、もはや許容されないだろう」同Gauley審査官は言う。

 もっと面白い研究も進んでいる。便座を開け閉めする運動エネルギーを使う便座保温システムだ。抗菌剤を陶器に焼きこむことで雑菌を減らすことも出来る。そして便座に手を触れたり――あるいは蹴ることもなくなるだろう。空港にあるような自動流水があなたの家にやってくるのだ。その先には、SF小説が描く未来像が待っている。American Standard社の製品ディレクターJames Walshによれば、未来のトイレは利用者の食生活と体質を把握して動作するという。感謝祭の翌日に大食らいのJoeおじさんが現れたならば、少食のAmyおばさんよりずっと強い水流で流すよう自動的にはからうのだ。日本では、TOTOがすでにWell U IIという商品を出している。これは尿の成分を分析して糖尿病患者が血糖値を把握するのに役立つ。「これからの高齢化社会に必要なのは、尿の成分を分析して近所のお医者さんに電子メールで連絡を取る便器です」と、TOTOアメリカの上席研究主任Fernando Fernandezは語る。

 まあ、これはアメリカ人がこれを買うだろうという意味ではない。Kulkarniがどんなに多くのゴルフボールを流したとしても、アメリカの消費者の考える便器像は、彼らがトイレに駆け込んだときそこにあるものの域を脱していない。排泄の大切な進歩が巷間の股間に普及するには時間がかかるだろう。消費者が新しい便器を受け入れる過程は、トイレの中の流儀で進む。ゆっくりとだ。


今日のネオレストの座は、すぐにもっと洗練された便器に取って代わられるだろう。最後に、明日のペーパーレスオフィスに必要ないくつかの機能を挙げる。

内蔵ビデ
狙いをつけて発射される水流とドライヤー機能は、トイレットペーパーの終わりを意味する。
賢い水洗
便器内のセンサーが排泄物の種類を検出、それぞれの場合に最適な流水量を調節する。
流線型のデザイン
コンピュータで設計された緩やかな曲線と広い排水路により確実な排出と清潔な便器が保たれる。
気の利いた便座
便器に近づくだけで蓋が開く。座席の下のセンサーが座るか否かを検出し、何もしなくても便座が上がる。
健康チェック機能
コンピュータが排泄物中のコレステロールを計測、結果は看護師に電子メールで送られる。
よりよい配管
洗練された弁で主配管と接続することにより、より少ない水量で目的を達成する。

(2011/10/16)