人口小国のタックスヘイブン化と人口大国の対処

人口小国がタックスヘイブン化するメカニズム

 近年、経済活動が国際化する中で租税回避地(タックスヘイブン)が問題になっている。よく耳にするタックスヘイブンはケイマン諸島やリヒテンシュタインなどの人口が数万人クラスのミニ国家であるが、アイルランドやシンガポールなど人口500万人クラスの国も名前が挙がることが多い1。一方でタックスヘイブン対策に躍起になっているのは米、日、独など人口5000万人以上、あるいは1億人以上の国であり、人口小国ほど法人税率を下げたがり大国はその対策を強いられるという関係にある。すなわち、人口小国には法人税率や富裕クラスの所得税を下げる誘因が存在する。

 例えば簡単に以下のような場合を考えてみよう。かつて国際化が進んでいない時代には、それぞれの国の企業はそれぞれの国内市場を中心に営業しており、どの国も同じような法人税率、所得税の最高税率を設定していた。

tax havens

 この状況から、本社を移転するのが容易になった場合を考える。人口小国の側が税率を下げて人口大国から企業の本社を誘致したとしよう。両国の人口の比が十分に大きければ、人口小国は税率を下げても税収が減らないか、むしろ増えることがありうる。下記の模式図では単純化して人口比10倍、企業は一社としているが、人口小国は人口大国から本社を誘致してむしろ税収を増やすことができる。また税収に限らず、ある程度実態のある本社が移転すれば、それだけの雇用なども期待できる。人口大国の市場で企業が薄く広く集めた果実を、人口小国が低税率を餌にもぎ取って少人数でシェアする――批判的に言えば上澄みを盗むことができるのである。

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 現実世界ではそうあっさりと本社が移転するものではないが、現代では複数か国にまたがって営業する多国籍企業は珍しくなく、本社機能の移転も過去に比べれば大幅にハードルは下がっている。例えば製薬大手ファイザーがアイルランドの中堅を買収しつつも買収された側に本社を置こうとした事例(断念、大統領選でも議題に)や2 3、アメリカの企業が日本企業と合併してオランダに本社を作るといった事例はもはや現代においては日常茶飯事である4。そうでなくとも遠隔地の地域統括子会社を税率の低い国に置くのはもはや当たり前となりつつある。

OECD諸国での統計

 では、上述のような説明が実際に起きているかどうか、統計から確かめてみよう。ある程度信頼のおけるデータとして、OECDのデータベース5から(各国データの揃った最新年である)2011年の加盟国の人口と法人税率を比較したところ、両者の間にはr=0.6程度の中程度の相関があることが見て取れる。

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 また上記資料はOECD加盟国のみの資料であることに注意を要する。OECD加盟国であるから、どの国も一定の規模を持つ工業国であり、もっぱらペーパーカンパニーだけが置かれるようなタックスヘイブンではない。それでさえもこの程度の相関が現れることから、タックスヘイブン化は特殊な無法地帯的島国だけの問題でないことが分かる。加えて、それら無法地帯的タックスヘイブンはケイマン諸島など大西洋の島国や、アンドラやリヒテンシュタインなど地方都市程度の大きさしかない小さな国が中心となっている。国際的な経済活動の規模を一人当たりGDPなどでフィルタしたうえでOECD非加盟の国まで加えれば、もう少しはっきりした関係が出ることも考えられる。

冷戦終了とEU統合がこの事態を引き起こした?

 人口小国が法人税率、富裕層の税率を下げる誘因が生じるのは、多国籍企業が発達しているという条件がある。多国籍企業は冷戦の終焉、EU統合、通信技術の発達などの要因によって近年進んできたものと考えられており、これは法人税と人口の関係でも見て取ることができる。下図は先ほどのセクションで示した人口と法人税率の相関を1981年から2011年まで10年ごとにプロットしたものである。OECDは冷戦崩壊後にメンバーを増やしており、その時々での全加盟国での相関と、連続性を重視した1981年時点でデータのある加盟国のみでの相関をともに示してある。

tax havens

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 1981年の時点ではOECD加盟国の人口と法人税率の間に相関は見られず、タックスヘイブンはあるとしても無法地帯的島国の話であった。北欧諸国は今でこそ人口小国の特性に乗って法人税率を大幅に下げ半ばタックスヘイブン化しているが、1981年の時点ではむしろ福祉国家らしい金持ち狙いの税制であった。そのため、その時代はタックスヘイブン対策と言ってもそれら特殊な国やペーパーカンパニーのみをターゲットとした対策で十分であった。

 状況が変わったのは、冷戦の終了からEU統合にかけてである。シェンゲン協定による人の流れの自由化、ユーロ統合による金の流れの障壁低下は、人口500万人クラスの人口小国にとって、ペーパーではない実態のある本社機能をかすめ取る誘因を与えることになった。アイルランド、ベネルクス三国、スイスやオーストリア、北欧諸国などが法人税率を下げていったのはそれからである。

 また情報産業の発展もそれを後押ししているだろう。例えばアイルランドはEU統合による小国のタックスヘイブン化の口火を切った国だが、特にIT企業や製薬会社など知的財産を取り扱う企業で特にそれが進んでいる(大手企業の欧州統括企業の6割が集中)ことが知られている6

この状況をどうするか

 現在のこの状況は、市場が統合されつつあるのにもかかわらず政府はバラバラで、政府機能の安売り合戦が起きているということがその原因となっている。 このため、対策には各国政府による意思統一が不可欠であり、例えばピケティは(フランスの富裕層増税の際にベルギーに逃げた富裕層が多発したことも含め)国際的協調による富裕層増税を訴えている。ともあれ、フランスにしても日本にしても人口大国であり、人口小国に税をかすめ取られる側の立場の国である。ひとまずは人口大国側で結束し、島国の極端なタックスヘイブンにしても、人口500万人クラスのマイルドなタックスヘイブンにしても、締め出し圧力をかける程度しか手はないだろう。

 このような国際協調が達成されない場合、法人税切り下げ競争はなし崩し的に進み、人口大国でもタックスヘイブン並みの法人税率を要求されることになると考えられる。現に英国は、最近になってアイルランドに対抗するために法人税率をアイルランド並みに下げることを強いられる状況となっている7

 人口大国に住むものとしては、「人口小国なのにこんな高福祉を実現しててすごい」などと褒めたたえているばかりでもいられないのである。その財源は我々からかすめ取られた法人税・富裕層の所得税かもしれないのだから。

(2016/4/10)