金不足と金余りが共存する日:高齢化時代の蓄財の限界

この原稿は、筆者がまだ経済学の知識がなかった時代にサマーズの長期停滞論(Eggertsson, Gauti B. and Neil R. Mehrotra (2014) "A Model of Secular Stagnation," NBER Working Paper No.20574, October 2014など)と同じことを言おうとして、今見ると議論に堪えないレベルで殴り書きしていたものです。

要約:高齢化の進展により、たくさんの人が定年後の長い期間に備えた流動性資産の蓄積をする必要が出てきた。その結果、庶民的な最低限の貯蓄の合計が年間生産の3倍もの額にまで膨れ上がり、借り入れ側の限界に達しつつある。この結果として実体経済に対し金融経済の金余り現象(流動性過剰)が生じている。一方、流動性資産の需要はいまだ拡大しており、個人の観点から見ると現金が不足するという側面も同時に生じている。

はじめに

 現在、日本国民の多くが手元資産の不足を感じている。一方で、純粋に金融的マネタリー的観点から見ると、個人金融資産は過去最高にまで膨れ上がり、なかなかリスクを取ったり買い物で回されたりしないという点が指摘されているが、基本的には金が余っていると言える。このように、現在の日本は資産不足を嘆く向きと統計的な資産過剰が共存しており、一見矛盾している。

 本稿では、この矛盾がなぜ発生するかについて掘り下げ、それが矛盾ではなく同じ現象の別の表れであることを指摘し、それをもとに金不足・金余りについての現在の状況説明を検討していく。(※高齢者が独占しているからという安直な結論にはならないのであしからず)

流動性資産の総量を大まかに把握する

 一般的に資産と呼ばれるものは、現金、現金以外の証券、土地、貴金属、貴金属以外の現物などがある。日本の証券類の多くは株券や社債などだが、それらの総額はおおまかに企業が生む生産の総量に比例するものであるから、おおよそGDPによって拘束されると言ってよい。土地については、その土地がどの程度の利益を生むかを基準として価格が形成されるもので、大まかに見て生産=GDPに拘束されて総額が決まる資産である。貴金属を除く現物については、基本的には長期保存するものではなく毎年の生産によって更新するものなので、GDPとはそこそこ相関すると考えてよい。

 流動性資産、すなわち現金は日銀の発行する証券であり、流動性の低い貴金属や他の証券など、いわば日本経済全体を適当にミックスして匿名にした担保を裏付けに流動性の付与したものであるから、その存在可能量はやはりGDPに拘束される。したがって、流動性資産の総量は毎年の生産や土地需要から大きく外れることはできない。このように、円建ての資産の総額は、おおまかにその年の円建ての総生産に拘束されたものであるという推定が成り立つ。加えて乗数効果で膨らませることができるが、これにはリスク管理に由来する上限が存在し、無制限に膨らませることはできず無理に膨らませればバブル崩壊に至る。

資産需要は高齢化すると増える(speculation)

 現在日本では急速に高齢化が進んでいるが、一般的に高齢化が進むほど流動性資産需要は増えると考えられる。定年後は年金以外の収入がない状態であり、少なくとも単独世帯であるならばその状態では貯蓄を取り崩したりする必要がある。取り崩す可能性を考えると流動性選好は単なる貯蓄・運用よりも高まると考えられる。また、同じ人口であっても、子供が多い場合には資産需要はそれほど大きくならない。特に未成年はその時点で資産を持っていることが稀であり、高校生の個人的預貯金がないことは全く問題視されない。一方で、高齢者の預貯金がなければそれは貧困とみなされることがある。高齢者ほど要求する貯蓄額は多くなるのであって、そのため高齢化が進むほど流動性資産の貯蓄需要は増すと考えられる。

 しかしながら、前節でみたように、資産の総量は生産年齢人口に比例するGDPや、物の総量に比例しており、高齢化にしたがって増えるわけではない。すなわち、高齢化すればするほど流動性資産需要が逼迫し、誰しもが資産不足を感じるようになるのである。また同時に、高齢化によって誰しもが資産を大量にため込もうとするため、溜めこまれたまま使われず金融資産として消費に回らない資産もまたGDPに比べ増えた=投資財源が投資先(GDP比例)に比べ過剰になった。実際、GDPに対する個人金融資産総額は30年前の1倍から現在は3倍にまで膨れ上がっている(下記「帰納的なストーリー」参照)。

 この結果として、かつてないほどの巨額の流動性過剰が生まれることになった。この間、個々人のライフステージごとの貯蓄需要が変わったわけではないのである。今大量の現金を確保しておきたいというライフステージに属する人が高齢化によって増え、一方で労働年齢人口比率は下がり流動性資産総額が増えることはできないので、その結果として個人としての金不足と金融界における金余りが共存する状態になったのである。

  1. 年齢を重ねるほど流動性資産需要は増える
  2. 社会が高齢化する
  3. 円建てで存在できる流動性資産総額は高齢化によっては増えない

 旧来、金不足感と金余り統計(流動性過剰)の共存が必然であるとするモデルはなかったが、上記の3つの前提を導入することで、それが説明できるようになるのである。そして、ここをスタート地点として初めて現代日本の問題解決を議論できるようになると思われる。

帰納的なストーリー

以上の話はやや演繹的な展開だが、以前のバージョンである帰納的な話も一応そのまま公開を続ける。

ささやかな老後の貯蓄が金融支配を作った

 金融が実体経済を揺るがすほどに成長したことは、実体経済の規模を示すGDPと、金融市場の規模を示す金融資産残高を比較することで確かめることができる。世界金融資産残高の対世界名目GDP比は1980年には約1倍であったものが、2000年には3倍超まで急拡大している。*1 i11024000.png

 これは日本国内でも同じような事情であり、個人金融資産残高及び構成比の推移(日銀・財務省統計)を見ると、個人金融資産/名目GDP比が1980には1.3程度だったものが2005には3.0程度まで拡大している*2

年次 名目GDP(兆円) 個人金融資産(兆円) 個人金融資産/GDP比
1980 246 328 1.33
1985 327 572 1.74
1990 449 942 2.10
1995 500 1183 2.37
2000 513 1428 2.78
2005 503 1526 3.03

 この拡大は基本的に老後資金の貯蓄の拡大に起因する。この30年間で先進国の平均寿命は軒並み5~10歳程度増えており*3、特に定年後の余命については40年前の2倍近くまで増えることになった。現在の個人金融資産の世代別分布は60歳以上に偏在しており、基本的に老後の貯蓄により巨額の金融資産が形成されているという実態が見て取れる。ただし、この額は1世帯で平均2500万円といったところで*4*5、持ち家や保険などを全て込みにしたものだと言えば、おそらくは「それほど大きくない」と感じる人が多いのではなかろうか。この数字は比較的合理的なもので、2005年の時点で社会の20%を占めている高齢者*6が相応の支出をできる貯蓄を20年分貯めていたとすると、それだけでGDPの4倍は貯蓄があることになる。もちろん図式はそこまで単純ではないが、庶民的なレベルの老後の貯蓄が降り積もるとGDPの3倍という毎年の生産活動にリンクしきれない巨額の通貨が帳簿上存在するという事態を生じることが感覚的におかしくないということはご理解いただけると思う。また、高齢者比率が増加することで、庶民が求める金融資産保有の増加が起きることもご理解いただけよう。

余った金はどこへ行ったのか

 この巨額の老後資金は、利子を求めて金融市場へ流れ込むことになった。金融取引の需給関係において、運用需要がどんどん増えていくことによりトレーダーの「買い手市場」が出現し、金融工学などの発展が促された。実体経済を揺るがすほど暴れ狂うファンドマネーの正体とは、実は我々の老後資金だったのである。近年「金融屋偏重」という声が上がるようになったが、それは陰謀めいたもので仕組まれたものでも何でもなく、庶民が生み出した巨額の資金運用需要が引き起こしたものと言っていいと思われる。

 巨額の年金・貯蓄という個人金融資産の蓄積は、日本の巨額の国債発行をも支えている。グローバリゼーションの流れの中で新興国への資金流入が加速され、それがデフレを引き起こし、国内に投資先がなくなった結果、その個人金融資産の多くがリスクの低い国債を買っている*7*8。日本の公共支出のうち国債償還費を除いて伸びているのは社会保障支出、例えば年金の国庫負担分である。年金のために国債を振り出し、その国債を年金で買うという無意味な閉ループができているのである。

 巨額の金融資産は利潤を求めて多方面に進出したが、石油や食料市場における投機もその一つだと言われる。言い換えれば、年金が回りまわって原油高騰を生みだしたということになる。JALの財務悪化の影響について、外部からは年金が問題視され、労組などからは原油高騰への対処に対する不満の声が聞かれる。JALの企業年金の予定利率は年4.5%だったそうだが、国内にその利率を達成できる投資先はなかった――JALの年金が世界的金回りの状況に加担し、4.5%とという利率を達成するためにあらゆる運用先を探し、その結果として原油高騰を引き起こしていたとしたら――皮肉というべきほかない。このストーリーは決して「風が吹けば桶屋が儲かる」類の話ではない。世界的金余りの状況は世界の庶民一人一人が少しずつ貯蓄をした結果なのであり、JAL年金単体の影響はわずかであっても確実にこのストーリーは成り立っているのである。

現行金融システム以外の解はあるのか

 本サイトの毎度の論調ではあるが、「金融の時代は終わりだ」とか「老後の貯蓄が悪だ」とか言っているわけではないし、それらに与するつもりはない。ただ、悪意によってのみ生み出されるものでもなく、庶民的善の集成体としてこのような事態が起こりうるのであり、解決には大きな抵抗があるし、そこで発生する矛盾を安易に取り除こうとしても失敗するだけであるということはご理解いただきたい。

 さて、金融がだめだというなら、反金融といった視点から、現行の不換通貨を貯蓄するというシステム以外の老後保障があり得るかどうかについて、「財産」の歴史を追いつつ逐一検証を試みることにする。

貴金属等(兌換化)

 ある程度量が安定した貴金属等で蓄財する方法は、基本的には日本の現状と同様に極端なデフレを招くのみとなる。デフレになるということは同じ量の通貨を手に入れるのにより多くの生産をしなければならないということであり、また、時代を通じて同じ貴金属を通貨とするのであれば、先にその通貨に投資したものが含み益を得ることになる(日本では高齢者利益とするものもあるが)。冒頭の資料にもある通り、1980年から2005年までに金融資産の額が14倍になっているが、この間の金融資産量はインフレ率を考慮しても数倍にはなっている。これを貴金属等のみで吸収しようとすれば、現代日本で起きているようなデフレによる世代間ギャップがかなり極端になり、1990年頃には問題が顕在化していたと予想される。現実的にも、蓄財の数割はこの形式で保管されている。

 金融システムはもう終わりだ、頼みになるのは現物だけだ……それは個人の発想としてはある程度正しいのかもしれないが、社会全体で行ったとなると「金融は終わった」という状況をさらに拡大再生産するだけである。むしろ、経済の拡大に伴って貴金属の絶対量の不足が明白化したために兌換通貨の時代が終わったと見るべきだろう。

投資証券

 将来的に稼働するであろう生産システムの所有権を得ることで、将来にわたる蓄財を達成する。現代なら株券への交換、昔なら土地の購入がこれに当たる。昔の時代では米や小麦といった腐る財産を、現代的に言えば土地証券という形で蓄財可能にし、地主層を形成していった。この構造での蓄財を選択した場合、「株主重視」「生産者からの搾取」といった傾向を強めることになろう。また、新興国投資も強まるものと思われる。現実的にも数割がこれに該当する形で蓄財されている。

現物交換化

 老後に一定の生産の果実を現物単位で支給する方法はどうだろうか。これは一種の先物買いと同じ取引であり、あるいは「古い産業の株を買っておく」という方法とおおむね相同である。その産物の価値が下がれば……例えば40年前に給料の1割はたいて米の先物買いをしていたらどうなるだろうか?平均年収に対するコメ単価は非常に下がり、いわば蓄財がインフレに負けた格好で、これは蓄財の失敗ということになる。逆に原油先物で30年物などというものがあったとすれば、それは蓄財の成功だろう。

「老後の蓄財」の限界

 前節で3つの考えられるルートについて検討してみたが、どれをたどってもデフレによる資産価値の騰貴から問題が発生するか、さもなければインフレから蓄財に失敗するかのいずれかになるということが推論される。また、現実的にも実のところ3ルートのどれかに該当するような形式での蓄財が行われており、日銀が把握している現金も基本的には貴金属や買いいれた証券類という見合いの資産をとっており、ルートは違えど現物か生産資本の保有権かのどちらかにリンクされている。

 最終的には、余剰資金は、より安全でより利回りの高い蓄財を実現するために利潤の高い運用先を目指して動き、それにより形成された均衡点が現在の各運用先における利回りであるということができるだろう。本稿でのまとめとしては、昨今の状況が資本主義の限界というのなら、それは老後の蓄積の均衡的限界だということを示していると私は考える。高齢化率が15%を超えると蓄財需要に対する見合いの資産の総額が原理的に不足し、国民のだれしもに満足な資産を保有させるのが不可能になる、ということである。


この原稿は2009年暮に掲示板に書き込んだものが元となっていますが似たような主張を含む文献は主に以下のものがあります。

以下の書籍が似た主張をしているらしいですが、読んでいないというのと、信頼性がいまいち良く分からないので、分けて書いておきます。


Last modified:2010/09/07 05:27:55
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References:

*1 2008年度 通商産業白書 第1章 困難に直面する世界経済と「50億人」市場による新たな発展の展望 第1節 世界経済の現状 2 国際金融・資本市場の発展と世界経済

*2 日銀「資金循環勘定」、財務省「財政金融統計月報」等

*3 http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/1610.html

*4 小池拓自 家計金融資産1,400兆円の分析-金融資産の質、量及び分布の状況- 国立国会図書館 ISSUE BRIEF NUMBER 491(AUG.11.2005)

*5 熊野英生 団塊マネーの追跡、高齢者貯蓄の行方 ~巨大金融資産はますます高齢者に偏在する~ 第一生命経済研究所 2006年?7月5日

*6 平成20年 高齢社会白書 高齢化の現状と将来像

*7 高橋慶子 家計の金融資産に対するリスク許容度 内閣府, 今週の指標, 737, 2006年7月10日

*8 秋田寛子 最近の個人金融資産の動向 みずほリサーチ 2007年7月